第22話


 ノアは私の前で初めて半魔族の姿になった。

肌は真っ白になり、体中に黒く禍々しいタトゥーのような模様があった。黒く大きな翼が背中から生えていて、耳は尖り、牙があり、ツノもあった。


 だけど不安げに私を見るノアの瞳は、いつものノアだ。


「なかなかいけてるな」


「‥そう?」


 聞けば、魔力が高い魔族は牙だのツノだのを隠せるそうだ。半魔族は人間との混血により魔力が落ちやすいそうだが、ノアの場合は魔王と勇者一族のハーフだから恐らく馬鹿げた魔力を持っているんだろう。

 全てを出し切っているノアは何となく身軽そうだ。隠す為に使っていた魔力が解放されるから、今はいつもより強い状態なんだろうな。


 ノアは行くよ、と私の手を取った。私は覚悟を決めて頷いたが、沼に入るというのは、その、どうなんだろうか。ある意味別の勇気が必要になるんだが。


「え、もう?!」


 覚悟を決めたものの、ノアが今から大ジャンプしますとでも言いたげに下半身に反動をつけた為、私は大いに慌てた。


 予想通りジャンプで沼に飛び込むと、予想していたヌプヌプ、という感触はなかった。大きな浴槽に飛び込んだような爽快感と共に、どっちが上か下かが分からなくなった。溺れるような、迷子になるような、そんな不安。


「大丈夫だよ」


 ノアが私の体を横抱きにしていた。バサバサという音は聞こえないけれど、ノアの翼は水の中をものともせずに動いていた。

 不思議‥‥‥。暗いのに、私たちだけ光って見える‥綺麗だな‥。


ーーザバァッ!!


 突然水から飛び出て、別世界に辿り着いた。

空は紫で、草木は枯れ、そこかしこから魔族の匂いがする。


 少し離れたところには、大きく聳える魔王城があった。


「‥‥」


 さすがの私も、この景色には声が出なかった。

この重苦しい空気と、様々な場所から向けられた殺気。


「大丈夫だよ、俺が守るから」


 ノアは私を横向きにして抱えたまま、そう言って笑った。

その笑顔を見ながら、私は震えていたんだとやっと気が付いた。


 不甲斐ないな‥ノアがこんなに落ち着いているというのに。‥‥いや、でもノアにとっては実家に帰ってきたようなものなんだから落ち着くのも同然か‥?


 いや、今回は打倒魔王としてここにきたんだから、落ち着くわけないよな。


 ノアがポンっと地面を蹴った。その瞬間私たちの体は空高く舞い上がり、やがてノアの翼で空を飛び出した。


「まさか」


「ん?」


「まさか、これあれか?一直線か?」


「え?」


「いま私たちは魔王城に向かっているのかと聞いてるんだ!」


「え?そうだよ」


「お、お前もう少し、こう、なんていうんだ?その‥」


「だって魔王倒す為に来たんじゃん」


「いや、まぁそうなんだが」


「え?観光したいってこと?」


「いやそういうわけじゃない」


「じゃあいいじゃん。直行で」


「くっ!」


 少しは心の準備をさせてほしい。まぁ、私はまたキューブの中にいるんだろうし、私が直接魔王と戦うわけではないかもしれないが。

 それでも既にこの重っ苦しい魔王城の空気にあてられて心臓が痛いし、もしもノアが魔王に敗れればと思うと叫びそうなほどだ。

 私が死ぬのはまぁいい。目の前でノアに死なれたらどうすればいいんだ。それすらもキューブの中から眺めなくてはいけなくなったら‥


 ノアの服をぎゅっと掴んだ。


 魔王を倒すのが最終目標だったし、今までその為に生きてきた筈だった。勇者の母であった前世の記憶に影響され、ずっとその一心でノアを見守ってきた。


 それなのに、私は今ノアに“行かないでほしい“と願ってしまっている。


ーーー2人で過ごしていた日常が、こんなに恋しく感じるなんて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る