第9話


 田舎の古くて広い屋敷内でノアを鍛えあげてきた日々は、ある日突然終わりを迎えた。


 魔族用の歴史書を手に入れて早5年。

父は律儀にも13歳の誕生日の日に歴史書をプレゼントしてくれた。


 早いもので私は18歳になり、ノアは14歳になっていた。


 ちなみに歴史書は手に入れたものの、魔族語(?)が読解不能だったのだ。これは想定外だった。いつか機会があれば読めるようにと、一応肌身離さず持ち歩いているのだが。


 ところで、何故突然今までの日常が終わりを迎えたのかというと‥魔族が人類を裏切ったからだった。‥裏切るも何も、私はまったくもって魔族に心を許していないし、魔族とも一切関わりを持っていなかったのだが。

 魔族と共存の社会が作り上げられて70年近く。きっと人類は私では想像もできないほどに大ダメージを受けているんだろうな。

 ったく。最初から魔族なんぞ信頼しなければいいのに。


 どうやら至るところで魔族が反乱を起こし、人間を殺して暴れているそうだ。この地は元々あまり魔族が介入していた地域ではなかったこともあり、まだ爆発的なダメージは負っていないようだが‥。

 まぁいつ魔族が襲いにきてもおかしくはない状況だ。


 ノアはまだ14歳。随分と体もしっかりして、背も私より高くなったがまだ子どもだ。過保護と思われるかもしれないがもっと強くなってもらわないとこの力を託せない。‥私に宿る勇者の力を。


 人類にとって未だかつてない危機が迫っている中、ウルフ家を守るだの何だの言っている場合でなくなったのは確かだった。

 勇者という概念すらなくなってしまったこの国で、魔王に太刀打ち出来る人はいない。

 だから、強い人集まれー!国王主催のもと、猛者募集してるよー!お金出すよー!という書簡が各家に配られると、父は目の色を変えた。


「‥‥ノアは、戦闘力が高いんだよな‥?」


 私の指導だけではなく、父に頼んで剣術の師範にも稽古をつけてもらっていたノア。もちろん強い。


「父上、まさか猛者募集にノアを出すつもりですか?」


 私の隣にいるノアの尻尾がぶんぶんと反応しだした。

いや、ノアに尻尾はついていないんだけど。感覚的に分かる。お前いまドキドキワクワクしてるだろ?


「‥‥いやほら、人類の危機だしね?うん」


 お金に目が眩みましたね。


「ノアは父上のものではありません。私のものです」


「いや、分かるよ。分かる。でもね、すっごくいい線いくんじゃないかなーなんて思ったり?」


 いい線ってどんな線だ。

確かに動き出すにはいいタイミングではあるが‥まだ勇者の力は託せない。もちろん私が死ねばまた勇者の力を持ったまま星になってしまうし、もしノアに死なれたらそれこそ人類滅亡だ。


「ノアに何かあったらどうするんですか!」


「ちょっとやそっとじゃ死なないでしょー。

それに、ほら、ここ!なんかパーティ組むみたいだよ。だから回復系の魔法使いとかと一緒になれば無敵なんじゃないかな」


「‥‥パーティ、ですか」


 なるほど。前世の時代と違って、今世では各地でパーティが魔族と対するのだな。

 ‥それならば何も直ぐに魔王の元へ向かうこともなく、地方の雑魚い魔族たちとノアを戦わせることで、ノアの経験値アップにも繋がる‥。

 実践は確かに何よりも大切だな。


「まぁ、アデルは寂しい思いをするかもしれないが」


「何を言ってるんですか。ノアが行くなら私も行きます」


 ノアの尻尾が扇風機のように回っている。

何度も言うがノアに尻尾はついていないのだが。


 ちなみにノアはいま自分に力がついたことを自覚していて、私が他の人間に比べたら十分強いことも理解している。

 つまり、過保護であったとしても、少しくらいの冒険ならなんとでもなると思っているのだ。


「アデルは留守番に決まってるだろう?!」


「何故ですか?」


「ウルフ家のひとり娘だぞ!アデルに何かあったらウルフ家はどうなるんだ!!」


「いや‥でも、人類の危機ですし?」


「だ、だめだ!そんなことを言っている場合か!」


「いやー、でも結構いい線いくと思うんですよね」


「茶化すんじゃない!」


 おお。珍しく父が怒っている。それはそうか、普段の私はこうして怒らせることを言う子どもではなかった。


「ならば、お試し旅はどうでしょう」


「なに?」


 書簡の隅っこに書いてあった。魔族を倒した証明ともなる魔族の体の部位を関所で売ることができるそうだ。


「ここ、ウルフ領のみの2週間お試し旅です。

ウルフ領では魔族の悪い話もあまり聞きませんし、比較的安心ですよね。それにウルフ領の領民たちや建物、農作物を魔族から守るという効果もあります」


「う‥!」


「この条件ならば、例え私とノアがこの屋敷から離れようと、父上と母上も魔族に怯えず暮らせるのでは?」


 基本的に一度言い出したことを曲げたことのない娘だ。

ウルフ領でなら、と父は渋々了承してくれた。

 初歩的な雑魚い魔族しかいないうえ、数も少ないのだから当然だろう。

ーーーなので私は精霊達に頼んで、ウルフ領にじゃんじゃん魔族を呼んでもらおうと思う。

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