第44話/海面

「迷宮までどうやって進みますか?」


俺は海面を覗き見る。

赤く濁った海面は、出来の悪い葡萄酒の様に見えた。

隣に鹿目メルルが近づいてくる。


「凄いな……」


そう言いながら鹿目メルルは覗き込んで来た。

俺は海面に向けて指を突っ込んでみる。

冷たい、見た目通りの冷たさだった。


「因みに、海面に触れない様にして下さい、毒かもしれないので」


そう言われて俺は指を引っ込める。

酸性の強い毒じゃないよな?

指が溶けて無いか確認して何か拭くものを探す。


「おい、お前、なんで私の服で拭くにゃん」


スカートの端をそれとなく摘まんで水気を拭っていたのがバレたみたいだ。


「どう進みましょうか」


聖浄さんは悩ましくそう呟いた。


「『百々目鬼』に乗って行くか?にゃん」


「不安定過ぎるし、お前に術具は使わせん」


あの目玉、野球ボール程のサイズだけど、乗っかるだけで精一杯だ。

そして乗っかった状態で移動するのは難しいだろうな。


「倉庫の中には水上用の術具は無いですし……」


手袋で空間倉庫の中を弄っている。


「……聖浄さん、運要素になりますけど、『匣』回収でもしませんか?」


匣。

術具を内包する入れ物だ。

地図を見れば複数の匣が描かれている。


「匣の中に迷宮に移動する為の術具などあるのでしょうか……?」


「あの夢で作った術具があったら移動も簡単だったんですけどね……」


あまりにも気持ち悪かったから捨ててしまった。

今思えばもったいない事をしたかも知れない。


「それか、夢現を使いますか」


「それだけはやめなさい。呪われてしまいますよ」


俺の首に下げられた術具を握り締めて、俺は引き抜こうとしたが、そう言われてやめた。


「……水上用の術具を持つ奴なら知っている」


鹿目メルルがそう言った。

なんだって?術具本体ではなく、術具を所有している奴を知っている?


「それって……」


「無論、門叶一派の中に居る」


と、そう鹿目メルルは言った。


「そいつを呼んで、事情を説明して黄泉島に行くってのか?」


そうだ、と鹿目メルルが言って。


「ただし、共闘ではなく強奪と言う事になる」


そう訂正した。

鹿目メルルは俺たちの方に振り向いた。

短めのスカートが揺れて下着が見えそうだった。


「呼び寄せて倒す。そして術具を奪い、『黄泉島』へと向かう。どうだろうか?」


「リスクが大きすぎる」


何よりも俺に対するリスクが大きい。

当然受け入れがたい話だ。


「……良いですよ」


聖浄さんはその話に賛成的だった。


「但し、確実に此処に一人だけで来ると言う確証があれば、ですが」


「それは問題ない。その男は他の術師を見下している。常に一番になりたいと言う感情が渦巻いている、利用出来るぞ」


そこまで言って、聖浄さんは頷き、俺の方を見た。


「良いですか?伏間くん」


そう確認されて、俺は首を横に振る事は出来なかった。


「……分かりました」


頷いて了承する。





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