DAY.11:「付き合ってるんすか?」

 ねみぃ。


 今日のバイトは特にしんどかった。オッサンは部屋散らかしたまま帰るし、若いカップルは本棚の影でペッティングしてるし、先輩は仕事押し付けてくるし。トコッチは最近シフトが被らないから話し相手もいない。


 シフト後、バックルームで寝落ちしそうになったので、意地と気合で店を出てきた。岐路につく最中でも眠気は容赦なく押し寄せてくる。この季節の深夜は少し肌寒いが、首筋を撫でるひんやりとした風は意外と悪くない。ママはいつも迎えに行くって言ってくれるけれど、これはアタシだけの時間だ。


 高校生に与えられる情報はとにかく多い。学校、勉強、友達、将来。色んな情報が毎日ドカドカ入ってくるから、頭を整理するのにこの時間はちょうどいい。


 正直、真夜中の帰り道はちょっと怖い日もある。ただ、歩いている人といえば背中を丸めたサラリーマンくらいなので、そこはむしろ憐れんでしまう。今日も仕事おつかれちゃん。


「あーいうのを見ると、マジで将来働きたくないよなー」


 アタシの通う織北高校は進学校だ。中学時代はアタシもそれなりに勉強を頑張ったからギリギリ入学できたけれど、ドロップアウトまで一年もかからなかった。


 いくら良い大学入ったって、就職先がブラックかどうかは結局、運じゃん。ああいうところで働いている人のほとんどは、騙されて入社したわけでしょ? でも家族とか奨学金の返済とか色々な理由があって簡単には辞められない。


 そう思うと勉強なんて微塵もやる気が起きない。クラスのみんなが受験勉強に必死になる中で、アタシは教科書の内容すらろくに暗記できていない。このままいくと、高校を卒業しても『FUN・key』でフリーターをやってそうな気がする。さすがにそれはまずいと思うんだけどね。


「どーすんだろ、アタシ」


 ミルクティーでも買おうと自販機を探していると、ふとスーツを着た女の人が目に入った。


 まるでこれから出勤するかのように、背筋をぴしっと伸ばしている。くたびれた印象はまるで感じない。茶色のショートヘアがほとんど揺れていないのは、軸が安定しているからだろう。


 カッコいい。大人の女性って感じだ。こんな大人になれれば、充実した毎日を送れるのだろうか。


 それにしても、なんか見覚えがあるような。大人の知り合いなんてバイト先以外いないのに。


 いったん女性を追い越してから、さりげなく振り返る。


「んん?」


 一度だけ会ったことのあるあの人に似ている。でもメイクの雰囲気が違うし、何より以前とは放っているオーラがまるで別物だ。前回はいきなりアフリカに放たれた草食動物みたいにビクビクしてたのに、今は近寄る者をすべて薙ぎ払ってでも突き進みそうな冷たさを湛えている。


「あの、サーセン!」


 対人スイッチをオンにする。高い声を意識しつつ、表情も豊かに。まずは敵意がないことを相手に悟らせる。


「……」


 てかめっちゃ睨んでるし! こっわ! なんか反応してよ!


「アタシ駅前のネカフェ店員なんですけど、こないだトコッチと一緒に来た親戚のお姉さんっすよね?」

「……?」


 記憶を探るように、女性は小さく首をかしげる。アタシ、結構人から覚えてもらいやすい方だと思ってたから、割とショック。


「……っ!」


 どうやら思い出してくれたらしい。 目を大きく見開いて、じりじりと後ずさりする。


「あれぇ? あの時はこっちに遊びに来たって言ってませんでしたっけ? スーツ着てまるで仕事帰りみたーい。家この辺りなんですかぁ?」


 容赦なく質問を畳み掛けると、女性はうまい言い訳が思いつかないらしく、ずっと口をパクパクさせている。化けの皮がはがれた瞬間だ。あとはこっちのペースに引きずり込むだけ。


「まー立ち話もアレなんで、ちょっと座って休みません?」


  ☆ ☆ ☆


 この公園は、帰り道でも特にお気に入りのスポットだ。街灯がたくさんあって明るいけれど、さびれていてどこか日常と離れた雰囲気を湛えている。あるのは一脚のベンチと自販機と花壇だけ。小ぢんまりとした空間に佇むベンチに腰を下ろせば、他の人たちが入り込む余地はない。


 とりあえずガチガチに緊張した女性をリラックスさせるべく、レモンティーの缶を渡して右隣に座らせる。


「一応確認はしておきます。あなた、沙也サンっすよね? そんでもって親戚のお姉さんっていうのは虚偽っすよね?」

「…………はい」


 沙也サンはあっさりと罪を告白した。いや別に罪じゃねーけど。


「なんでトコッチが嘘ついたのかは知りませんが、そこは色々事情があるんでしょうから訊かないでおいてあげます」


 本当は根掘り葉掘り質問しまくりたいのだが、すっかり肉食獣を前にした子リスみたいになっている。そんなにアタシって外見怖いん? 確かに金髪褐色なんて一昔前の渋谷ギャルみたいなのは自覚してるけどさ、金髪なんて学年で他にもいるし、肌の色が濃いのは生まれつきだし、仕方ないじゃん。見た目で判断するのは止めてほしいよ。


 ま、不真面目に生きてるのは間違いない。なんだか今日はネガってるな、アタシ。


「……チヅちゃんは、いつもこんな遅くまで働いてるの?」


 勇気を振り絞るように膝の上で拳を作り、アタシに尋ねてくる。社会人として最低限の礼儀を払おうとしてくれているようだ。


「今日は代理で準夜勤じゅんやっす。元々シフト入ってた人が風邪引いたみたいで」

「あ、ありがと」

「何で沙也サンがお礼言うんすか」

「……あ、ううん、気にしないで」


 そういえば何日か前も、トコッチの代わりに出勤したんだっけ。あの時はトコッチに拝み倒されたから勢いで引き受けたが、そういえば理由は訊いていなかった。もしかして沙也サン絡みだったり? 確かトコッチもこの辺に住んでいたような。


 アタシは思い切って質問する。




「沙也サンって、トコッチと付き合ってるんすか?」

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