11.勉強しにきた

 追試……。なんて不吉な単語なんだ。できれば一生聞きたくなかったよ。


「追試は今週の……いつだっけ? 進学以前に追試をがんばらないと卒業すら厳しくなるよ。追試に向けて勉強をだね」


 井出は不吉な単語を何度も繰り返す。呪いをかけられている気分だ。自分は赤点取らなかったからって……。

 まあ逆恨みはここまでにしておこう。

 追試をクリアするために勉強しなければならない。ちなみに追試は二日後。遊んでいる暇なんかない。……なかったんだった!

 優等生ではない俺だけれど、勉強なんか知らねー、と口にするような不良でもない。今回は赤点を取ったが、俺は基本真面目な生徒なのだ。少なくとも俺はそう思っている。


「なんなら僕が勉強を見てあげようか?」

「うるせー眼鏡洗って出直してこい」

「眼鏡は関係ないよね!?」


 眼鏡は関係ないな。俺が悪かった。ごめんな眼鏡。

 真面目な話、井出の学力は俺とそう変わらない。つまり奴の成績は赤点ギリギリなのである。それでよく教えようかなどと言えたもんだ。


「俺は一人でがんばるよ。つーかそっちの方が集中できるし」


 友達と勉強する、という連中の思考はわからない。それ絶対おしゃべりしちゃうやつだろ。勉強に集中できるとは到底思えない。


「そうか。陰ながら応援しているよ」

「ありがとよ」


 井出と別れてから、どこで勉強しようかと考える。

 家だと誘惑が多いからな。その前に琴音ちゃんにメッセージを送っておこう。また今度デートしてもらえるようにお願いしときたいし。

 今日は大人しく勉強します、と。追試があることは恥ずかしいから伏せておく。また放課後デートしようぜ、という一文も忘れない。

 それほど時間を空けず、琴音ちゃんから返信がきた。


『今日はあたしもバイトがあるからちょうどよかったです。また今度デートしましょうね』


 デートという単語をさらりと受け止められているのにびっくり。追試が終わったら好きなだけデートしていいってことですかね?

 そう考えるとモチベ爆上がりである。これだけやる気があれば勉強なんて余裕でやってやれる気がしてきた。


「そうだ」


 どこで勉強しようか迷っていたが、今思いついた。



  ※ ※ ※



「お帰りなさいませご主人様!」


 メイドさんに出迎えられて、俺はぺこりと会釈した。この対応はご主人様っぽくなかったなと反省する。

 やってきたのはメイドカフェ。もちろん琴音ちゃんが働いている場所の、である。


「あれ、祐二……様?」


 席に着くとメイド服姿の琴音ちゃんが来てくれた。

「祐二先輩」と呼ぼうとして慌てて「ご主人様」と言い直そうとしたのだろう。全然言い直せてないけど、俺的には嬉しい呼び方だ。なんだかいけない感じがするね。


「今日もフリルつきのヘッドドレスが可愛いね」

「それあたし褒められてなくないですか?」


 なくないですよ。メイド姿だとツインテールがさらに可愛さを増している。琴音ちゃんは全身可愛いし、毎日褒めるところを一つずつ挙げていこうという俺の作戦である。


「もしかして……わざわざあたしに会いに来たんですか?」


 フリルつきエプロンをいじりながら尋ねてくる。あざとい。だがやっぱり可愛い。


「それもある」

「それも?」


 テーブルの上に教科書とノートを置いた。


「勉強しにきた。席代は払うから問題ないよね?」


 琴音ちゃんはパチクリと瞬きをする。


「わざわざメイドカフェに来られて勉強するご主人様を初めて見ました」


 だろうな。せっかくメイドさんがいるってのに勉強しているだなんて、俺自身もったいないと思う。

 しかし、物は考えようだ。

 彼女が働いているのを眺めながら勉強する。しかもメイド姿なので目の保養にはバッチリだ。

 同じ空間にいる。それだけで放課後デートと言っても過言ではないのではなかろうか。あまり強調すると変な意味に勘違いされそうなのでこのへんにしておこう。


「飲み物と軽く食事を注文しようかな。琴音ちゃんにお任せとかってできるの?」

「え、あたしが選ぶんですか?」

「できればお願いしたいな」


 琴音ちゃんの好みとかわかるかもだし。

 メニュー表を広げる。前かがみになって顔を寄せてくる琴音ちゃん。ふわりと女の子のにおいがした。


「そうですねぇ……」


 悩ましい声がすぐ近くから聞こえる。亜麻色のツインテールが俺の頬をくすぐってきた。ムズムズとドキドキが同時に襲ってくる。


「よし、決めましたっ」


 すっと琴音ちゃんの頭が離れていく。ドキドキした気持ちはすぐに離れてはくれなかった。

 琴音ちゃんが選んだのはカフェオレとサンドイッチだった。メニュー表では擬音とか入ってもっと長い一文だった気がするが、覚えるのが大変だしいいだろう。


「祐二……様。勉強がんばってくださいね」


 俺を萌えさせる魔法はかけられた。これでがんばらないわけにはいかないだろう。


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