鳩VS

 クルッホー

 クルッホー


 気持ち良く眠る中で、遠くから何やら物音がする。


 バサバサバサ

 ウー ウー

 クルッポー


 羽音、鳴き声、足音


 まだ寝たい、もう少し眠りたいと思う私は眉間にシワを寄せて布団を頭からすっぽり被った。


 ホーホー ウッウー

 ホーホー ウッウー


 もはや完全に耳に全神経がいっている私は、物音をやり過ごすことが出来ず半ばキレ気味に被っていた布団を引きはがし、起き上がった。


「ダーッ! もう! うっさい!」


 カーテンを開け窓の外を見ると電線にはびっしりと鳩たちがおり、朝のひと時をくつろいでいるようだった。



 我が家が鳩で悩み始めたのは、家を建てて三年目に入る頃だった。うちの土地は敷地内に電柱があり、その電柱にほど近い場所に位置しているのが下は玄関ポーチ、上は寝室という造りになっていた。


 玄関ポーチは鳩の白い糞で日々汚れ、電柱から伸びた電線に止まり屋根と行き来するせいで、寝室は鳩の鳴き声や足音、羽音の騒音で朝は早くから起こされるという状態が続いていた。



 以前、屋根上のソーラーの状態を確認するために来たソーラー会社の方に鳩害を伝えたところ、我が家に巣がある訳ではなく、近くに巣を作っている鳩が日中休むために家を利用しているんだろうと伝えられた。

 家の屋根は少し傾斜があるだけでほぼ平なのだが、屋根の素材がツルツル滑りやすいもので出来ているので巣を作るには適さない為、その辺は心配はいらないということだった。


 だがしかし、このままでは私は睡眠不足でイライラがおさまらない。

 平穏な眠りの確保のために、何としてでも鳩に打ち勝たねばならなかった。


「ねぇ! 毎朝本当に鳩がうるさくてうるさくてうるさくて…マジで眠れないんだけど」

「そうだねぇ…何かいい手はないかな」

「鳩業者の看板見たけど、結構高いしそこまではまだしたくないんだよね。 鳩はうるさいけど、鳩を駆除したいわけじゃなくてどこかに行って欲しいのよ」

 私は夫と相談しながら、どうしたものかと考えていた。

「何かそういう生き物を追い払うような道具売ってないのかな?」


 夫のその言葉に、私は王手通販サイトのアプリを起動して検索ワードに“鳩”と入力して商品を探した。

 主に出てきたのは、屋根の上に置く鳥よけでチクチクした棒が伸びたものを設置することによって、止まることを阻止するというものだった。けれど、屋根の上に登るための手段が我が家にはなく、その為に数万する梯子を購入する気にもならなかった為この商品は却下となった。


 続いて出てきたのは害獣撃退器で、農家などが畑に設置して超音波で作物を守ったりできるというもの。これが割とお手軽価格で数千円で購入可能で、ワードに糞被害、鳥害対策、鳥除け項目あり。


「毎朝悩まされるのも嫌だし、とりあえずこれ買ってみない?」


 そう夫が言ったため、私は二つ返事でその獣害撃退器を購入することにした。


 二日程経ち、撃退器が到着した。見た目は緑色の四角い顔に黒い大きな目が縦に二つ、生き物を感知するためのセンサーがこの目の部分の ようだ。


 出る音が数種類、出す音波も数種類、その生き物によって使い分けることが出来る仕組みになっていた。


「よしっ! 早速設置してみよう!」


 夫が万を持して撃退器を電信柱の隣の地上に突き刺した。


「これでやっとあの忌々しい声から快方される~!」


 私は撃退器に全幅の信頼を置いて、その日は幸せな気持ちで床についた。






 ゴーっという車が通り過ぎる音と共に、ピロピロピロとけたたましい音が鳴り響く。

 この時、少し嫌な予感が過ったが鳩を追いやるために我慢しようと心に決め、私は知らないふりをして眠りに落ちた。



 クルッポー

 クルッポー


 ピロピロピロ


 バサバサバサ―


 鳩の声と物音と共に、確かに撃退器が鳴り響いて鳩が飛び去った物音がした。


 その後も何度か鳩の羽音や鳴き声と共に、センサーで感知した撃退器がけたたましい音を鳴らし鳩を追い払ってくれていたのだが、同時に車や人が横切る度にも猛烈な音が鳴る為私のフラストレーションは違う意味でたまっていった。


「ねえ…」


 そう夫に話かける私の顔は疲れ切っていた。


「あれさ…確かに鳩はいなくなるけど、閑静な住宅街においては近所迷惑だよね」

「うん」


 こうして撃退器はあっさり家の中にその場所を移し、その後しばらく止まっている鳩に向って撃退器を向けて追い払うということを繰り返し行っていた。

 それに並行して、撃退器だけではなくいろいろな方法で鳩を追い払う術を試していた。

 頑丈なワンタッチの傘をバサッと窓から開いてみたり、手を叩いてみたり、布団叩きで屋根を叩いたり。

 効果はどれもいまいちで、その一連の動作が余計に疲弊させた。



 鳩によって私を悩ませていたのは音だけではなく、その糞だ。前述にあるように玄関ポーチはいつも鳩の糞で汚れ、人が出入りする場所が最も汚れるということが我慢出来なかった。

 毎日の日課でホースの強水で汚れを綺麗に落とすのだが、次の瞬間にはもう白い糞がポツリポツリと落ちていて、労力と気力を奪われていた。


 頭上を見上げれば鳩のお尻が屋根上から覗いていて、それを忌々しく思う程私は鳩に対して嫌悪感を抱くようになっていた。


 鳩が悪いわけじゃないのは分かっている。

 あの呑気なクルッポーも、翻訳機を使って鳩語に訳せば「今日は変な音の機会が来ないわねー」「あれ、うるさくて嫌よねー」なんて話しているのかもしれない。




 私と夫はたまに夜に散歩に出掛けるのだが、この日も例外なく夜の散歩を楽しんでいた。

 ふと夫がしきりに人様の玄関ポーチや電柱、電線を気にして見ていることに気付いた。


「どうかしたの?」

「うーん…あれ何かなと思って」


 夫が指さした先には電柱と電線があったのだが、その電柱の上には鳥よけのようなチクチクした棒が設置されており、その回りの電線も一定間隔で何かが付いていることに気付いた。


「鳥よけかなと思って」

「ホントだ」


 それに気付くと、私たちは近所を歩き回って設置されているところとそうでないところを見て回った。

「ここはないね」

「糞凄いから来てるね」

「ここは付いてる」

「綺麗だね」


「!!」


 家へ帰ってネット検索してみると、電柱の管轄である電力会社に鳥被害を伝えると無償で鳥よけを設置してもらえるということを知った。

 目からウロコのようなこの情報で、翌日夫は早速電力会社に被害の電話をしたのであった。





 さらに翌日、担当の人が被害状況を確認しに家に来ることになった。その日夫は出勤だった為、私がその説明をすることになった。

 玄関の呼び鈴の音がしてモニターを見ると、同性代の男性が立っていた。


 外に出て被害の説明をすると、担当員は丁寧に説明をしてくれた。

「見ていると電線にも止まっていますが、屋根にもいますね」

「はい、そうなんです」

「電線の方はある程度処置できるんですが、申し訳ないですが屋根の方は直接飛んで止まったりする可能性もあります」

「はい、それはもう大丈夫です」


「あの電線見えますか?」

 担当員が差したのは、少し先に立っている家の電線だった。

「はい」

「あそこの電線は鳥対策してるんですけど、一定間隔でピンのようなものがあってそこをグルグルと電線みたいなものが絡んでるの分かりますか?」

「あー…何となく」

「はい。 あのように処置出来るんですけど、どこからどの辺りまで設置しましょうか?」


 私はとにかく玄関のポーチが玄関で汚れることと、家の東側に止めてある私の車も糞が付いていることがあると説明し、担当員は快く案を提示してくれた。


「それでやっぱり鳥の被害が最近多くて、ただ今順番に設置している状況で」

「あ! そうなんですね」

「早くてニケ月くらいかかるんですけど、よろしいですか?」

「はい! 大丈夫です」

「当日はお家の方がいらっしゃらなくても、こちらで作業してしまいますので」

「はい、分かりました」


 こうして設置まで数カ月待つことになったのだった。

 その間も相変わらず、撃退器を持ち出しては追い払い、家の玄関を毎日ホースで洗い流す日々を送っていた。




 ある日家に帰るとふと何か様子が違うことに気付いた私は、急いで二階の窓から張り巡らされている電線を目を凝らした見た。すると、今までなかったグルグルと巻いた線と一定間隔に設置されたピン、そして電柱の柱に棘のような鳥よけがしっかりと設置されていた。


「ヤッター! ついについたー!」


 夫にも報告して、これで鳩害から解放されると心が踊った。


 効果は確かにあった。今まで電柱に数羽、電線に数羽合わせて十羽近くいた鳩がその場所を奪われた為かなりの数を減らした。

 帰巣本能がある為少しのスペースでも居座ろうとする鳩は数羽残ったが、糞害は減り毎日のホースの掃除からはようやく解放されるに至った。




 実は我が家では電力会社の鳥よけと同じ頃、鳩を追い払うあるアイテムを手に入れていた。


 それは年末の掃除の際、吹き抜け部分の天井の隅の埃や蜘蛛の巣を取る為に某ディスカウントストアで買っていた伸ばすと二メートルほどになるモップだった。


 ある日煩さに耐えかねて試しで最大に伸ばしたモップを窓から出したら、鳩が面白い程逃げて行った。あまりの効果に、私自身も驚いて固まる程だった。


 モップ部分の黒が鳩の天敵であるカラスに見違うのか、かなり勢いよく逃げて行く為、撃退器の出番はもはやない。そこへプラスしてCDの裏面を紐でくくりつけ、ピカピカ光るモップは出すだけで怯えて鳩が逃げ出す素晴らしい鳩除けとなった。


 今でもクルッフーと鳩の声が聞こえることがあるが、鳩除けモップをぬっと出せば慌てて飛び立ち、それに驚いた仲間の鳩も慌てて数羽逃げ出すため、ほとんど居着くことがなくなった。


 長い長い鳩と私の戦いは、ようやく終わりが見えたのだった。

 鳩の騒音を気にせず眠れると思うと、本当に涙が出てくる程嬉しい。


 これを根気良く続けて、家には鳩が居着かぬようにしたいものだ。

 鳩VS我が家は、とりあえず我が家の勝利かな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る