第28話 誤認逮捕(1)因縁

 捜査本部はピリピリとしていた。

 女子高生拷問殺人の第二の遺体が発見されたのだが、被害者は、セレを中傷するビラをコピーしていたもう1人の生徒、戸川好子だった。

「5年前の事件と無関係とは思えんな」

 管理官はそう言うと、イライラとボールペンで机を叩いた。

(5年前にキチンと犯人を逮捕できていなかったからだ。くそ。この時の担当は、今京都府警本部に行っている内村警視か。無能が)

 内心で先輩をののしり、少しすっきりしたところで改めて考える。

「梶浦瀬蓮と久我基樹のアリバイは間違いなくあるんだな」

 それに刑事が緊張しながら答える。

「はい。戸川が拉致されたと思しき時はまだ客船に乗船中で、死亡推定時から発見されるまでは、大家と話をしていたり学校に登校していたりで、遺体をどこかからあそこに遺棄するのは不可能です。

 それと、梶浦瀬蓮はコピーしていたのが水島だとは知りませんでしたし、戸川の事も知りませんでした。

 友人達も、水島と戸川の名前までは知らなかったようですし、アリバイもあります」

「それと、管理官。5年前の事件の事で、マスコミには詳しい焼き印の形や位置は発表していませんが、今回の犯行では、それが一致しています」

 課長が言い、管理官は声を潜めた。

「じゃあ、真犯人が犯行を再開したとでも言うのか?」

 室内の空気が張り詰めた。

「絶対に犯人を割り出せ!」

 管理官の声は室内に響き渡り、刑事達はそれに短く返事した。


 セレは新聞を読み、テレビを見、その事件についての情報を集めようとした。

 戸川好子は水島晴美や5年前の被害者と同様、拷問にかけられたような状態で死んでから、遺体を飲み屋街のゴミ捨て場に放り出されていた。

 水島の行方が分からなくなったのはテスト最終日で、戸川の行方が分からなくなったのはその5日後だ。試験休みに入り、朝から所属しているバドミントン部へ練習に行き、帰宅途中で足取りが途絶えた。

 5年前の事件と酷似しているという事で、改めて5年前の事件を報道しており、セレの父親が誤認逮捕され、拘置所で病死した事も報道されていた。

 コメンテーターは、妻や息子であるセレの居場所を気にしたが、関与を疑っているのかも知れないという印象をセレは受けた。

 しかし、得られた情報はその程度だった。

 テレビを消し、新聞をテーブルの上に畳んで置き、セレは自室に戻ってベッドの上に座って膝を抱えた。

(犯人があの2人をたまたま選んだとは考えにくい。

 でも、どうしてだ?)

 そこに被害者を選ぶ意味があると思いはするが、それがわからない。

 考えているうちに父親の事、母親の事を思い出した。

 母親が今どこでどうしているのか、知らないし、別に知りたくもない。ただ、思い出しただけだった。

(まあいいや。それよりも、次の仕事だ)

 次の仕事は、ターゲットが警察官だ。それも、5年前の事件に関わる警察官だ。

「因縁ってやつかな」

 そう言って、小さく笑った。


 桑本は、面白くない気持ち丸出しで手帳を睨みつけていた。

 5年前の事件の時に、梶本真之が犯人だと絞り込み、主張したアリバイを嘘だと言って取り合わなかったのが桑本だ。それが後から、女性本人から名乗り出て来た事で、アリバイが証明されてしまった。そしてその時には、真犯人は姿を見せなくなっていた。

 今回の事件は、前回犯人を逮捕できなかった事に端を発すると言われ、その原因が梶浦の強引な逮捕にあったと管理官は言った。

 その誤認逮捕をリードした1人が桑本だ。

「梶浦瀬蓮か久我基樹が、梶浦真之の事を恨みに思って、同じ事件を起こす事で注意を向け、誤認逮捕だったと知らしめようとしたんじゃねえか」

 それに、相棒が首を捻る。

「ネットに書き込むとかの方が簡単で安全じゃないですか?特に梶浦瀬蓮世代の子は、同じ犯罪を犯すよりネットでしょう?」

「訳の分からん事を突然しでかすのもあの世代だろう。

 ちょっと引っ張ってじっくり話をすれば自白するんじゃねえかな」

「だめですよ、それ、自白の強要になりますよ」

「うるせえな。どうにも気に喰わねえんだよ。何か1つくらい、まずい事くらいしてるんじゃねえのか。なけりゃあ、ポケットにはっぱでもねじこむか」

「桑本さん!?」

「誤認逮捕したのが俺って親類とかに知られてるからな。肩身が狭いんだよ」

 当時、「あの事件の犯人を逮捕したのは俺だ」とさんざん親類に自慢したからだ。

「梶浦なんて疑わしい奴がいたせいだ。それならアリバイなんて見付かる前に心筋梗塞を起こしときゃあ良かったのによ」

 相棒は呆れ果てていたが、上下関係の厳しい社会だ。何も言わずに黙っておいた。

「うん。梶浦瀬蓮はやっぱり気に入らねえ」

 桑本はそう言い、相棒は、上司にこっそりと報告しておこうと決めた。



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