第4話 普通でない人の普通の生活(3)騒がしい朝

 セレが登校し、教室に入ると、そこでも話題はそれで持ちきりだった。

「驚いたよな、国会議員の土井!」

「変死だろ?しかも、デリヘル呼んで待っている間にアルコールでクスリ飲んで、それで死んでたとか」

「どれだけ張り切って待ち構えてたんだよなあ」

「陰謀じゃないかって言ってる人もいたわよ」

「そうよ。その薬も違法じゃないんでしょ」

「それに、セクハラとかって、証拠もないじゃない。無実よ」

 女性に圧倒的な人気があっただけに、死に様が話題になっていた。

 しかしそのせいで、最初党は、

「謀殺の可能性はないのか。徹底的に調べろ」

と言っていたのに、

「事故死だ。もういい。これ以上突くな」

と掌を返した。

 ワイドショーも今朝の報道でおしまいになりそうだ。

 これで後は静かに、クスリを違法薬物に指定し、現場で見付かった隠し撮りされた著名人達との情事の映像も、趣味は悪いが、表に出る事無く、秘書に破棄されて消えるだろう。

(法律やマスコミを信じられるとは、無邪気な事だな)

 セレはわずかに皮肉気な笑みを浮かべ、小説に目を落とした。


 リクは持ち株をいくらか動かして適当な利益を出すと、もう十分だとおしまいにした。

 そして土井について書かれているネットの記事を読んだ。

「くそが」

 低い声でののしる。

 そこには、土井の周辺から聞き込んだ証言として、セクハラやモラハラが酷かったと書かれていたし、限りなく強制に近い形での性行為の強要などが語られていた。そしてその被害者の事は、周囲の人ならわかるように書いてあった。

 実名がばれ、写真が載り、住所や電話番号が書き込まれるのは、時間の問題だろう。

「何で被害者が守られないんだよ」

 リクが中学生の頃、姉がストーカーに殺された。最初犯人がわからず、「恨みをかっているのでは」「何か殺される理由が被害者にあるはず」とばかりに、姉の事、家族全員の事がマスコミによって調べ尽くされ、報道された。そして犯人が未成年者だった事で、犯人について実名報道できない代わりとばかりに、リク達の事が、テレビでも週刊誌でもネットでもさらされた。

 事件に関係のない事も、真実でない事も。

 それで母親はノイローゼになって自殺し、リクは引きこもりになり、父親はつきまとうマスコミから逃げようとして事故死し、それらもまた続報として報道された。

「何が報道の義務だ」

 リクは不機嫌に立ち上がった。


 モトは新聞を読んで、事件の報道をチェックした。

(警察も新聞社も大人しいもんだな)

 まあ、上に逆らって調べられ、殺人犯だと突き止められると困るのだが。

 その頃、モトは捜査一課の刑事だった。妻は高校の同級生で、近所の花屋でパートをしていた。しかし近所の学生が花屋に押し入ったのだが妻の機転で警察に捕まるという事件が起きた。

 犯人の青年は、初犯で、反省しており、仕事もなく生活に困窮しているという事情があったという事で減刑されたのだが、それが間違いだった。

 自由になった元犯人は、妊娠してパートをやめていた妻のところに来ると、捕まったのはお前のせいだと、妻をめった刺しにして殺害した。

 モトは妻と生まれてくるはずだった子供を亡くし、犯人を憎んだ。「お手柄」などと実名を挙げて記事を書いたマスコミを恨んだ。そして、反省などしていないのにしているように見せろと入れ知恵をした弁護士も、見抜けなかった担当検事も、判決を下した裁判官も、穴だらけの法律こそを憎んだ。

(やはり、こんなやつらに、任せてはおけない)

 モトはそう考え、冷めたコーヒーを啜った。


 

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