軛村神退治編

第10話 神殺しを願う村

 ミノリ婆は席を離れ片付けをしている。

 そろそろ僕達もおいとましなければならないなと思っていた頃、ビールを飲んでいた飴屋が言った。


「玲さんが穢れを貯め込まない為の触媒のような物が必要だと痛感させられました。

 人形屋敷の時のように直接右手から穢れを取り込めば取り込む程、元々の呪いにそれらが呼応し制御が効かなくなります。見ていた限りでも人形を踏み躙っていた顔は殆ど悪霊のそれでしたから。

 攻撃を当てるにも素手だと距離を詰めなければなりませんし何より敵対するものが強ければそれすらきっと難しいでしょう。」


 確かにそうかもしれないと僕は思った。戦いの最中に自我を失って戦闘不能になってしまう可能性は出来るだけ減らしたい。

 ミノリ婆の託宣に従い呪いを集めなければならなくなった以上、飴屋に頼りっきりになる訳にはいかないのだ。


「飴屋、触媒に何か心当たりがあったりするかい?でもそれってどんな物なのだろう。杖を持って魔法をかけたりとかかな?」


 杖を振るジェスチャーをすると飴屋が笑った、今日は飴屋がよく笑う日だ。

 中年男性が杖を振るという状況が凄まじかったからなのかもしれない。


「玲さん西洋ファンタジーが好きなんですね、呪いを飛ばす訳ではないのでもっと直に攻撃する力がある物の方が良いかと。」


 ふわふわとビールの回った頭で考える。


「じゃあ刀とかそういう…」


「それです!それが良い!それならちょうど良い物があるんですよ。」


 食い気味に飴屋が嬉しそうに話しだした。


「ある山深い場所にくびき村という村がありましてそこにある神社が刀を祀っているのです。私はそれをお借りしようかと考えています。」


 嗚呼、これも全て飴屋の掌の上なのだろう。ただ選択肢が無い以上僕には他の方法は思いつかなかった。


 僕は飴屋にことわりを入れて煙草に火を付け静かに煙を吐き出す。

 神社に祀られている刀を借りるなんて事が出来るのかという疑問がぐるぐると頭を巡る。

 しかし飴屋がそう言うという事は何らかの算段が既に存在しているのだろう。念の為、僕は聞いた。


「でもそんな大切な物を借りるなんて…」


 再び食い気味に飴屋が待っていましたと言わんばかりに嬉しそうに言う。


「実は軛村のおさからその神を退治して欲しいという相談を受けていましてね。それと一緒に刀も破棄して欲しいとの依頼なんですよ。」


「神退治?刀を破棄?それはもう御神体ごと神を捨てるのかな。」


 脳内が酷く混乱しているのを感じる、神社に祀ってある神を退治する?日を改めて何の話なのかきちんと聞かないと今の僕には理解出来そうに無かった。


「まあ夜も更けて来ましたし今日の所はお開きにしましょうか、明日カクリヨでお話しいたします。ミノリさんも延長でお疲れでしょうから。」


「ホンマやで明日も早いんやからそろそろ帰ってやー。」


 くわえタバコで洗い物をしながらミノリ婆が言う。


 僕はミノリ婆の背中に向かって礼を言った。

「本当にありがとうございました、お陰でこれからの指針が出来ました。」


 こちらを振り返りミノリ婆がウインクをした。


「大変やろうけどな、頑張るんやで玲ちゃん。またうちにもお好み食べに来てやー。そこのボンクラは全然来てくれへんけどな。」


 飴屋が頭を掻く。


 包み込まれる様な力強く優しい言葉に胸が熱くなりながらお会計を済ませる。


 ポケットに仕舞った倶利伽羅剣のレプリカと包帯代は入っていない程安い値段だった、その事を告げると全部終わった後で出世払いやとミノリ婆は笑った。


 一応領収書は貰っておく事にした。


「またミノリさんにお世話になる事があるでしょうからまたお好み焼きを食べに来ましょう。」


 と飴屋が言い僕達は店を出る。


 車は既に店前に着いていて家まで送ってもらう。


 疲れていたのか飴屋は座った途端に目を閉じて静かに眠り始めた。

 飴屋も寝たりするのだ、と僕は何故か不思議な感覚になった。


 僕は彼の事を何も知らない。


 *


 静かに僕のマンションの下に染野さんが運転する車が滑り込む、飴屋を起こさないようにドアを開けたが飴屋は既に起きていてお気遣いすみません、と小さな声で言った。


 そして僕達は明日カクリヨで会う約束をし、握手をして別れた。



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