ムッソリーニ

 

「やぁ、ムッソリーニさん。お茶、しませんか?」

 会談の後、会議室を出ていったムッソリーニを追いかけ、お茶に誘う。

「ん?いいだろう」

 俺の誘いを快く引き受けてくれたムッソリーニと共に予め用意していた個室のお店に入る。

「それで?なぜ私だけを?」

「いやはや、実は私。未だに結婚の相手がいなくてね。噂に聞くあなたなら良い女性の口説きかたを知りたくてね」

「おー、それはそれは。まさしく私の得意分野だ。任せたまえ」

 しばらくの間、俺はムッソリーニのナンパの仕方について教わる。

 うむ。実にためになる。

 なんかもうすでに個人的には満足なのだが、本当に話したいのはこれじゃない。

「なるほどなるほど。実に為になりましたよ。さぞかし、多くの女性を口説き落としたことでしょう。一つお聞きしたい。口説き落とした女性の中に黒人はいらっしゃいますか?」

「黒人となど有り得ぬな。イタリアの美が失われる」

 俺の質問に対し、ムッソリーニは吐き捨てる。

 なるほど。俺が調べた通りの人だ。

「おや?それはなぜですか?やはり、黒人は白人より能力が劣っているからですか?」

「……っ」

 ムッソリーニはなぜか目の前の青年の質問に答えることができなかった。

 目の前の青年の瞳がすべてを見透かしてきそうな不気味さをはらんでいるからだろうか。

 うかつに答えられない。下手な答えを言えば飲み込まれる。そんな錯覚すら覚える。

「黄色人種は白人によりも劣っている。本当にそうだろうか?我が国を見たまえ。我が大東亜共栄圏を見たまえ。我ら黄色人種はすでにイタリアを超えた」

 俺のイタリアが黄色人種に劣るという言葉にムッソリーニは顔を顰めるも、何の反論も言えない。それは事実だからだ。

 日本はソ連を落とし、そして今大戦においても一番の戦歴をあげている。

「あたりまえだ。これは然るべくして起きた当然のことだ。人間の優劣は人種、民族によって決められるものではない。人口の多い我らがイタリアを超えるのは当然の摂理だ」

「黄色人種は白人に迫るほど優秀だった。ただそれだけだ」

 人間の優劣は人種によって決まらない。それに対し、ムッソリーニはそう反論する。やはり、この時代においての黒人差別は根深いか。

「いや、違うね、確かに昔は黄色人種は白人に劣っていた。だが、今私達黄色人種は白人に並んだ。なぜだと思う?」

「……わからない」

 俺の疑問に対し、ムッソリーニは頭を捻らせ、考えるがわからなかったようだ。まったく。現代人に聞けば誰でもわかりそうなことなのに。

「簡単だよ。教育だ」

「教育?」

「あぁ、そうだ。まともな教育によって養われた教養こそが人の優劣を決定づける。昔、黄色人種は白人ほどの教養を持っていなかった。そして今、黒人は私達のような教養を持っていない。故に、私達に彼らは劣る」

 日本の教育は腐っている。故に、日本人は劣化した。

 この世界ではそんなことが起こらないようにしなくては。

 俺は別にアホな女の子でも全然かなわないが、どちらかというと、知的な女の子のほうが好きなのだ。

 やはり、教養がある女の子と話すのは楽しい。

「しかし、それも終わりだ。今大戦のあと、どちらが勝つにしても植民地運営はうまくいかなくなるだろう」

「ほう。それはなぜ?」

「私たちという前例があるからだ」

 絶対の意思を以て告げられた青年の言葉にムッソリーニは飲み込まれる。

「私達は黄色人種でありながら、白人の支配を乗り越えた。白人を打倒した。今までは絶対に叶わぬ神の如き存在であった白人に対し、私達は勝利したのだ。絶対でなくなった神など、それはもはや神ではない。白人による支配に対し、人々は牙を見せ反抗するであろう」

 多分日本がいたから植民地支配が終わったとは思えないが、まぁこんなこと堂々と言ってりゃ少しはそうかも知れないって思い、恐れてくれるだろう。きっと。多分。おそらく。

「なるほど……」

「正直に言おう。ヒトラーのアーリア人についてどう思う?」

「……」

 俺の問いかけに対し、ムッソリーニは何も答えない。まぁ、当然か。

「くだらないものだと思う。所詮、アーリア人なんて存在しない」

 長い沈黙の後、ムッソリーニはそう答える。

「素晴らしい。素晴らしい答えだ。そうなのだ。アーリア人などこの世には存在しない。ヒトラーはこの世界で最も優秀な演説家だ。政治家だ。支配者だ。しかし、彼は妄想に囚われた哀れな男にすぎない。だが、あなたは違う。そう感じた。故に今私はこうしてあなたと向き合っている。単刀直入に言いましょう。あなたの持つ人種への偏見を捨てなさい。それは無駄です」

 はっきりと告げた俺に対し、驚きの視線を向ける。

「私達は上に立つものだ。人間は自分より下の存在を作らないとすまない生き物だ。醜い自尊心を持った生き物だ。故に御しやすい。民衆が人種による差別を望むのなら私達は民衆の最も適した形で彼らに示してやる。それが私達だ。その点。ヒトラーのユダヤ人迫害は最高の一手だ。民衆に不満のはけ口を作り、体の良い人体実験の道具まで手に入れた。しかし、それを上に立つ支配者が信じてはいけない。私達支配者はコントロールする側だ。くだらぬ差別を信じてはならない。その先にあるのは破滅だ」

「……なるほど」

 ムッソリーニは偉大なる偉人だろう。理解力も高い。決してネタにさせるような人物ではない。

「私が今話したいのは戦後。黒人たち劣等種をどう扱うかだ。どうコントロールするかだ」

「ふっ。まだ勝ってもいない戦争の後処理の話をすると」

「勝てると信じて戦わなければ、勝てる戦いにも負けるだろう」

「違いない。君の言う通り黒人への偏見はやめておこう。しかし、私にはどうも、黒人を性欲のはけ口として見れないようだ」

「おや?どうやら私は愛の先人に対し、ストライクゾーンの広さでは勝ったようですね?」

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