第47話:妹の奮起②

その日の夕方、ちょうどいい岩陰を見つけた俺たちは寝床をそこに決めて、早々に夜を明かす準備をすることにした。


そこで早速、計画を実行に移すことに決めたのである。


「じゃあ行ってくるよ」

「行ってきますなのー」


夕食の準備をするリンとフェイリオに声をかけ、森の中へミュンと二人入っていく。


俺たちを見送る二人の反応は対照的だった。


「頑張ってねー!」

「……お気をつけて」


笑顔で手を振って見送るリンに対し、フェイリオはこちらに目線すら向けずにぶっきらぼうに呟くだけだった。その反応も無理からぬことで、フェイリオは俺の提案に対して最後まで否定的だったのである。


『意味のある行為だとは思えません。時間の無駄です』


そう言い放ったフェイリオは、ミュンの方を決して見ようとはしなかった。俺の言うことに彼が反対したのはこれが初めてで、それが余計に彼ら兄妹の抱える問題の根深さを強く感じさせた。


実を言えば、発案した本人である俺でさえ、自分のしていることに意味があるのか半信半疑なのだ。それでも、行動せずにはいられない。


あんなにも味気ない食事の時間はもうこりごりなのだ。


俺の前を行くミュンが一人意気込んだ。


「燃やすのがもったいないぐらい、良い棒をさがすのー!」


彼女が元気を取り戻したのなら、とりあえず俺の提案にも意味があったのかもしれない。


俺とミュンは薪を拾い集めるため、枝が多く落ちている場所を探した。彼女の得意なことを生かそうとするのなら、これ以外にいい方法が俺には浮かばなかった。


幸いにも夜通し火を維持するためには、薪はいくらあっても困らない。今回上手くいったならば、ミュンには当面薪拾いの役をお願いすることになるだろう。幸い本人は乗り気のようだし。


ただミュンを一人にはできないため、常に誰かが付き添う必要があるのが難点ではあるが。


「じゃあ拾っていくぞ。あまり大きすぎない、真っ直ぐで乾いたこんな感じの木を選んで拾うんだ」

「了解なのー!」


俺が一本の枝を例として示すと、元気に返事をしたミュンはすぐに森の奥の方へとかけて行ってしまう。


「お、おい!」


森の中にはどんな危険があるがあるか分からない。だからなるべく俺から離れないように注意しておこうと思った矢先にこれである。


俺は慌てて追いかけ、しゃがみ込んだその背中に呼びかけた。


「ミュン、あまり遠くには……」

「さっそく見つけたのー」


こちらに差し出された小さな手には、確かに先ほど俺がミュンに見せたような大きさと乾き具合の、真っ直ぐな木の棒が握られていた。


俺の話をちゃんと聞いていたことは感心するが、しかしだからと言って勝手にどこかへ行かれてしまっては困る。


「うん、いい木だ。だけどなミュン……」

「今度はあっちなのー」

「おい待てって」


話の途中だというのに、またしてもミュンは一秒として留まっていることなく駆け出してしまう。呼び止めても全く聞かず、一直線に走っていったかと思うとしゃがみこんで、その場で何かガサゴソとし始めている。


いい加減我慢の利かなくなった俺は、地面に丸くなっているミュンの体を持ち上げて抱え込んだ。


「だから、勝手にどっか行くなって……っ」

「ルー様、はいなのー」


俺に持ち上げられたのを気にもしていないように、再びミュンは俺にその手を差し出す。


そこには先ほど渡されたものとほとんど同じ木の棒が握られていた。サイズも、形も、乾き具合もほとんど相違ない。


「いい木だ……じゃなくて、いきなり走り出すのは止めてくれ。どこに魔物がいるか分からないんだぞ!」

「うー……ごめんなさい」


叱られ、シュンとなって下を向くミュン。そんな急に塩らしくなられても、それはそれで調子が狂う。


その手に握られている二本の木の棒を受け取り、眺める。なかなか薪としては理想的である。


落ち込んでられてばかりでも困るし、ここは素直に称賛しておくところだろう。


「凄いな、俺が指定したのとほぼ同じだ。良くこんな簡単に見つけて……」


自分で口にしながら気付く。


ミュンの行動にはおかしい部分があった。


「ルー様?」


こちらを見上げる丸く透き通った瞳に、俺は自分の予感を確かめるため質問をした。


「なあ、この木の棒、どうやって見つけたんだ?」

「……?」


質問の意図が理解できないのか、ミュンは首をかしげるだけで答えない。その態度を見て、おれはますます確信を深める。


「聞き方を変えるぞ。こんな感じの木の棒は、あとどこにある?」

「あっち」


ミュンが指さす方向に、二人進んで行く。そして足元を見ると、確かにそこには俺が手に持っている木と同じサイズ・形・乾き具合の木が一本転がっていた。


「はいなの、ルー様」


木の棒を受け取り、手の中で全く同じ様相の三本を並べながら、俺は確信していた。


やっぱりこの子はおかしい。


「……ミュン、何でここにあるって分かったんだ?」

「分かんない」


何の感情もなく首を振るミュンに対し、俺は驚愕するとともに少しばかりの疑念を抱いていた。


まさかとは思うが、もしかしたらミュンは事前に木の棒を仕込んでおいていたのかもしれない。自分が役に立たないと思われたくなくて、一芝居打った可能性もゼロではない。


それならそれでいい、そこまでの行動力があるのであればそれはむしろ取り柄の一つである。その機転の良さは何かの武器になるかもしれない。


だが、もしそうでないとしたら。


彼女の能力が、俺の予想通りだったら。その力は、俺たちの役に立つどころの騒ぎではなくなるかもしれない。


俺は恐る恐る尋ねた。


「なあミュン、木の棒以外に探せるものはあるか?」

「んー……?」

「例えば……あれだ。この前食べたキノコ、めちゃくちゃいい匂いだった、このぐらいの大きさの」


リンが言うには、普段は地中に隠れていて滅多に見つからないキノコという話だった。たまたま一株地上に出ていたのを見つけて、その日の食事に出されたのだが、これがなかなか風味がよく美味かった。


そんなものが森のどこにあるのかをいきなり尋ねられたって、分かるはずがない。


普通なら。


「あれ、すごく美味しかったのー!」

「そうだ、あの美味かったキノコだ。この近くには無いか?」

「んーとー……」


ミュンがきょろきょろ辺りを眺め、うんうん唸り始める。その行為はまるで、今この森の中からキノコの場所を、ただ見て眺めるだけで探索しているかのようだ。


「あっちとー、あっちと、あとこっちー」

「……」


数十秒と立たずに、ミュンはいくつかの方向を指さし始めた。嘘みたいなその光景に、俺は言葉を上げることもできずに唖然とする。


そして最後にある一か所を指さし、ミュンは一言添えた。


「一番近いのは、こっちの方なのー」


まさかという気持ちで、ミュンに導かれるままに森を歩いた。やがて木の根元の所でミュンはしゃがみ、がりがりと木の棒で地面をほじくり始める。


「あったのー」


そして出てきた。


出てきてしまった。


「マジか」

「にひひー」


俺の驚き顔がよっぽど愉快だったのか、ミュンは表情を綻ばせた。


初めてみる目の前の少女の得意そうな笑みに対して、俺はどんな表情を返せばいいのか全く分からなかった。

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