第44話:村を出る②

つい先日、決闘の前日にも話をした庭先で、適当に腰かけて二人喋る。


「いきなり部屋に押しかけてしまって済まなかったね。どうしても最後に君と話をしたかったんだ」

「問題ない。むしろ助かった。あの部屋の雰囲気はいまいち俺には馴染まなくてな」

「だろうね。妹たちもリンちゃんのことばっかり話してたよ。馴染めてないと思った」

「それ言う必要あるか?」


オプールはカラカラと笑った。ああ腹が立つ。ぶん殴りたくなるのを抑えるのに俺は必死だ。


こっちが言い出したこととはいえ、本当にこいつは一言多い。結局最後までそれは変わらなかった。


「もういいだろこの話は、さっさと呼び出した理由を言え」

「あー、うん。その……何というか、何だろうな……」


話を本題に戻そうとすると、今度はもじもじとしてオプールは口を濁した。どうでもいいことにはあれだけ口が回るくせに、肝心なことになるとコレだ。難儀な性格をしている。


しばらく待って、ようやくその重い口が開いた。


「ええと、明日にはもう出発するんだよね?」

「当たり前だ。何のためにお前の母親にあんなごちそうを用意してもらったと思ってるんだ」


もしこれで「やっぱ行くのやめまーす」なんて言って「やっぱまた明日にするんでまたごちそうヨロシク!」などということになったらこれはもう詐欺である。そんな奴俺だったらすぐに家から放り出す。


「何だ? お前まで着いてきたいのか」

「……それはできないよ」


冗談として言った言葉に、オプールはなぜか真に迫ったように重い口調で答えた。俺の冗談が伝わらないのはいつものことだったが、いつもとは何だか様子が違う。


「僕はこの村に家族がいるし、村の人たちだってかけがえのない仲間だ。これから先もずっと僕は、この村で仲間たちを守って生きていきたい。心の底からそう思っている」

「あ、ああ……そうだな」


分かり切っていたこととはいえ、そこまで真面目に答えられると何だか軽はずみに言ったことが申し訳なってくる。変な誤解を生む前に、あくまで冗談として言ったのだと説明したほうがいいだろうか。


一度言った言葉を、冗談だったと説明するというのはとてつもなく恥ずかしい。それをするかしまいか悩んでいるうちに、今度はオプールの方が冗談のようなことを口にした。


「その……村で一緒に過ごす仲間に、君もいてくれたらいいなって」

「は」


あ、ヤバい。素で反応してしまった。


きっとこれは、俺の冗談に対するオプールなりの返しなのだ。だから、何か気の利いたような返しをしなくては彼の心意気に失礼だ。


俺は必死に考えながら、思いついた言葉を次々に口にしていく。


「お、おいおい。俺にこの村で何やらそうって言うんだ」

「一緒に畑を耕したり、獣を狩ったりしよう」


オプールは一歩も引かない。


「村の連中に俺は恐れられてる」

「僕が説得するさ。みんなルーのことを知れば、すぐ仲良くなれるよ」


俺が何を言っても。


「記憶を思い出すために、未開の地に向かわなくちゃならない」

「む、村で過ごしているうちに、思い出すことだってあるよ!」


俺の言うこと全てに食らいついてくるようだ。


「……っ、リンを故郷に送るって決めたんだ」

「リンちゃんにも、この村に住んでもらおうよ! 故郷のことは忘れて……!」

「できるわけないだろ!!」


叫んでしまってから、ハタと気付く。俺は一体何をムキになって……。


だけど、途中からもう分かってしまった。いや、最初から分かっていたのかもしれない。彼が部屋にやって来た時から。


彼は冗談なんか言っちゃいない。それを冗談にしたがったのは、俺の勝手な都合だ。


リンの気持ちが少しわかった。自分に不都合な他人の本気の気持ちを受け止めるのは、なかなかにしんどい。


相手のことを知っていればいるほど、その思いの強さを分かっているならなおさらに、それを拒絶するのは重く、辛い。


本当にこの村では、教えてもらうことばっかりだった。


だからこそ、俺はしっかりとオプールの気持ちを折らなくてはならないのだ。だって、明日別れればもう二度と会えないのかもしれないのだから。


俺の隣に立とうとしてくれた友人への、せめてものこれが餞別だ。


俺は手を差し出して、正面からオプールを見た。間違わないように、しっかりと一度頭の中で反芻してから別れの言葉を告げる。


「明日出るよ。じゃあな、親友」


目の前の顔は、残念そうな、悲しそうな、しかし最後には嬉しそうな色も混ぜて、下がった目尻のままで俺の手を握り返してきた。


「そんな言い方、ずるいよ」


ずるくたっていいじゃないか。誤魔化して、ずる賢く生きでもしなけりゃ、この先一体どれだけの人の気持ちをを踏みにじっていけばいいのか不安になってしまうのだ。


もしそうなってしまったら、俺は何一つ選べなくなってしまうから。


だから俺は俺のために、俺が大事にしたい人たちのために、今をずるく笑うのだ。




翌日の見送りには、オプール一家と村長が出てきてくれた。


「すまないね、村の恩人に対してたったこれだけの見送りで」

「いや、むしろありがたいよ」


あまり盛大に見送られても恐縮してしまうし、誰もいなかったらそれはそれで寂しい気もするし。


「リンちゃーんっ!」

「元気でねリンちゃん」

「はい! 絶対また来ますから、いつになるか分からないけど……みなさん元気で!」


隣では、オプール母と妹達とリンが、お互い目じりを濡らしながら別れを交わしていた。やはり俺はどうもそこに入っていける気がしない。涙ながらの別れって言うのは、どうも苦手だ。


「じゃあルー、元気で」

「おう。お前も」


昨日の夜決別を済ました俺とオプールの挨拶は簡素なものだ。そうしてお互い笑みを浮かべて、それで終わり。この位が俺にはちょうどいい。


「ねえ、ルー。ミュンちゃんたちのこと……」

「ああ、そうだな……あのさ」


最後に村長へ、例の獣人兄妹のことを尋ねようとした時だった。


村の遠くから慌てて駆けてくるフェイリオと、その後ろをとぼとぼ着いてくるミュンが見えた。


「獣神様! 遅れてしまい申し訳ありません。妹を連れ出すのに手間取りまして」

「……」


あっけらかんとした様子の兄に対し、俯いて全然喋ろうとしない妹。見ているだけで不穏な空気を感じざるを得ない様子の二人だが、それでも尋ねずにはいられない。


「お前たち、結局どうするんだ」

「はい、俺たちは村に残ることにしました」


フェイリオが答える。実のところ意外な答えだった。コイツのことだから、意地でも着いてくると言ってしかも妹は置いて行くとかしそうだと思っていたからだ。


フェイリオは、妹の頭をたたきながら言った。


「昨日の件が合って、考え直したのです。今のままコイツを村に残していったらどれだけ周りに迷惑をかけてしまうか分かりません。だから、もう少しコイツが物の分別が着くようになってから、俺一人ででも獣神様の後を追います!」

「そうか、頑張ってくれ」


俺に着いてくるのは変わらないのか。ずいぶん気の長い話だが、まあコイツがそれでいいなら俺は言うことはない。


そう思い、俺は全員に手を振って出発しようとした。


「じゃあ……って、おいリン!?」

「ルーちょっと来て!」


それをリンが突然捕まえて、物陰まで連れ込んだ。なぜか険しい顔で、他の人に聞こえないようにコソコソと話しかけてくる。


「あれじゃ、ミュンちゃんがかわいそうよ」

「……どこがだ?」


いまいちリンの言っていることが分からない。兄と離れずに済んで、とりあえずは良かったと思うが。


「きっとミュンちゃん、自分のせいでお兄ちゃんがルーと行くのを諦めたって思っちゃう……ていうか思ってるよもう」

「あー……だから」


そう言われると、妹の方のあの俯き加減にも納得だ。だとしたら、やっぱり碌に話とかもしてないんだろうなあ。分かってたけど。


「だから連れて行こうよ、あの二人」

「えぇ……いや、別にいいんだけど」


あの二人と旅か……。何か色々と予定通りには進まなくなりそうだなあ。


まあ、性格はともかくフェイリオは戦力になるし、人が多ければ楽になることも多いだろう。どこまで一緒かは分からないけど、リンがそう言うなら連れて行くことにしよう。


「やった決まりね! ミュンちゃん可愛いし。私、妹っていいなあって思って!」


おいおい、まさかそれが本当の理由じゃないよな。


早速抱き着きに行ってるし。ちょっと、リンさん?





遠ざかる四つの背中は、森の中に入っていくとあっという間に見えなくなってしまった。


それでもずっと森に視線を向けて、その先にあるであろう影をいつまでも追っている息子の肩にリーデルは手を置いた。


「良い子たちだったな」

「……また会えるかな」


淡々と語るその口調は、全てを悟ってしまっているかのようでリーデルは少し悲しくなった。もしかしたら「彼女たちに着いて行く」などと言い出すのではないかとやきもきしていたリーデルだったが、彼の息子は彼が思っていたよりもずっと大人で、現実的な男だったようだ。


リーデルは父親として感心したが、同時に複雑な気持ちだった。我が子が自分の手を離れ、一人の大人として日々成長していく喜びは、いつだって寂しさと隣り合わせだ。


だから、本当は寸分も思っていないような世迷言でも、まだまだ青い息子を可愛がるためなら言えてしまうのが、きっと父親というものなのだろう。


「会えるさ」


驚き、振り向いてこちらを見上げた息子の、少し幼く見える瞳へとリーデルは笑いかけた。


「うん」


オプールは、それからもうしばらくの間、友人が消えて行った森の影の向こうを眺めていた。

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