第25話:行動開始

パチパチと音を立てながら、瞳を閉じていてもぼんやりと伝わってくるその光と、じわじわ染み渡るような温もりに目を覚ました。


辺りは既に暗闇に包まれていた。横たわる俺の隣で燃える火、その向こう側で薪をくべているオプールの姿だけがはっきりと見える。


「ああ良かった。目が覚めたんだね」

「……どれだけ経った?」


俺が上半身を起こすと、気づいたオプールが人の良い笑みを浮かべた。だが俺には、その笑顔に答えている余裕などない。


何時間寝ていた……? いや、下手したら翌日、そのまた次の日って可能性も……。


「まだ2・3時間ほどしか経っていないはずだよ。僕もあの男に首を絞められて、ちょっとの間気を失っていたからはっきりとは分からないのだけれど」


オプールは、火がメラメラと勢いよく燃え出すと薪をくべる手を止め視線をそらした。


今いる場所は、あの男と戦闘した場所から少し離れた場所のようだ。男の死体や、戦闘の跡が周りには見られない。きっとオプールが気を利かせて移動させてくれたのだろう。


他にもいろいろ、俺が気を失っている間にオプールが用意してくれていたみたいだ。俺が先ほどまで横たわっていた場所には見覚えのある敷物が敷いてあり、そして体にはローブが掛けられていた。


「君たちの荷物を少し使わせてもらったよ。無断じゃ悪いかなと思ったんだけどね」

「いや、そこは俺が礼を言うところだ」


無意識なのか知らないが、先ほどからオプールは時々腰を抑えて苦しそうな表情を浮かべている。きっと、あの男からもらった鉄球の一撃が尾を引いているのだろう。


そんな状態なのに、俺一人運び、寝かせ、薪を用意し火を起こして……容易ではなかったはずだ。そんな彼を前に、どうして文句など言えるだろうか。


「ねえ、君のしゃべり方変わってるよね。女の子なのにさ。言われない?」

「……それ今言うことか?」


出会ってからまだ半日、だいぶこの男のことを見直す機会は多かったが、そのマイペースぶりには未だについて行ける気がしない。


俺が半眼で睨むと、自分がハズしたことを悟ったのか慌ててオプールは話題を切り替えた。


「き、君があんなに強いなんて思わなかったな。まさかあの男を倒しちゃうなんて!」

「まぐれだ」

「またまたあっ! 鉄球を押し返しちゃったところなんか仰天しちゃったよ。あとさ……」


興奮したような口調で、彼視点から見た今日の俺の戦闘を語り始めるオプール。だが、彼から聞かされる数々の「俺のハイライト」に対して、俺は彼ほど興奮することもできなければ、その偉業に酔うこともできなかった。ただひたすら、「あの時の状態の俺」の異常さを認識するだけだ。


あの「黒い力」の正体は結局分からないままだ。いつの間にか、また自分の体のどこからも無くなってしまっている。


だが今回、初めてあの力を使いまともに戦ったことでいくつか分かったことがあった。


まず、あの力はとんでもなく強力だということだ。結局あの男がどのくらい強かったのかがぼやけてしまうぐらいに、黒い霧を纏った俺は強すぎた。


最後にあの男が「自分はAランク」だとか「加護レベル30越え」が何だとか言っていたが、人間たちの強さの尺度なのだろうか。俺にはさっぱりだが。


そしてもう一つ分かったことは――これが俺としてはあの力を素直に歓迎できない理由なのだが――黒い霧の発動中は思考が酷く極端になるということだ。つまり、「憎い」「殺したい」「復讐したい」……そんな考えに頭の中が支配されて、それ以外考えられなくなってしまう。


今俺の前で、まだ戦いの興奮を語っているオプールを見る。俺のことを庇って自ら傷ついてしまったこの優しい獣人のことさえ、「あの時の俺」はどうでもいいと、最悪死んでしまっても構わないと考えてしまっていた。


ただ、あの男を殺すのにオプールを犠牲にするのは「面白くない」から助けられる方法をとっただけ。もっとあの男が強く、苦戦を強いられるようだったら、「あの時の俺」は彼をあっさりと切り捨ててしまっていたに違いない。


恐ろしい。「あの黒い力」は、周りの人々のことなどなんとも思っていないのだ。全て「憎い、殺すべき対象」か「それ以外」でしかない。


「……ルー、ルーってば、聞いているのかい?」

「……ん、ああ、何だっけ」


呆れているようなオプールに呼びかけられ、俺は一旦思考の海から離れた。「黒い力」のことは、また改めて考えることにしよう。それよりも、今の俺にはなすべきことがある。


丁度オプールも、そのことについて話をするところだったようだ。


「僕は今から仲間たちを助けに行く。だから、君にも協力してほしい」

「当然だ。というか別に、俺一人でも行くぞ」


オプールの依頼に、今度は即答する。リンが連れていかれてしまっている以上、俺に他に選択肢はない。


オプールの仲間とやらも、あの奴隷商が依頼した奴に連れていかれたのだとしたら、きっと今は同じ場所に捕えられていることだろう。そんなすぐに売りに出されてしまうとは考えづらいが、しかし助けに行くならできるだけ早い方がいい。


むしろ、それにオプールが着いてくる必要性の方が薄いぐらいだ。体を痛めている彼がわざわざ危険を冒して敵地に侵入しなくても、ここにいて待っている方がいいのではないか。俺はそう提案した。


しかしオプールは、俺の言葉に静かに首を横に振った。


「君も、あの男が言ったことを聞いていただろう。僕は一度、仲間を……妹を自分可愛さに見捨てたどうしようもないやつさ。今ここでまた待つだけじゃ、僕は一生自分を許せそうにないのさ」

「まあ、いいけど……大丈夫なのか?」

「当然さっ……あ痛ぁっ!?」


心配は無用とアピールしたかったのか、勢いよく立ち上がったオプールだったが予想外の痛みにまた腰を屈めてしまった。どうやら時間がたって痛みが強くなってきてしまったようだ。


俺はオプールの前に立ち、見下ろす。


オプールは冷や汗を垂らしながらこちらを見上げた。


俺の物言わぬ視線が何を伝えたいのか、痛いほどに察したのだろう。苦々しげに表情をゆがめながら、しかしそれでもオプールは食い下がった。


「……っでも、僕は仲間を助けたいんだ! 他でもない僕の手で……自分が確かに村の一員なのだという自信を、誇りを取り戻したい!」

「俺に足手まといを連れて行けってか?」

「……っ!」


俺のとどめの言葉を受け、自分の言っていることがどれだけ身勝手で無謀なことなのかを察したのだろう。オプールは俯き、それから何も言わなくなった。


本当に仲間を助けたいのならば、その成功率を少しでも高めたいのならば、オプールは残るべきなのだ。先の戦いの時のように人質に取られてしまったり、俺の足を引っ張ったりでもしたら、それは即ち彼の仲間たちに危険が及ぶということでもある。


だから、オプールの言っていることはどこまで行っても自分本位で、ただ自分のミスを取り返したいという手前勝手な我儘でしかない。


そして俺は、そんな我儘が好きだった。


「え……おわあっ!?」

「行くぞ。カッコ悪くても我慢しろ」


オプールの前にしゃがみ込み、その体を持ち上げる。


しょうがない、元はといえば俺のために痛めた訳だしな。


いわゆるおんぶの姿勢である。俺とオプールの身長差は軽く10センチ以上あるが、「怪力」のおかげで全く苦にはならない。両手がふさがるのが少し厄介なくらいだ。


オプールはたどたどしく俺の肩を掴みながら、小さく呟いた。


「ありがとう……感謝するよ」

「礼はリンたちを救出してからだ」


火を消し、俺たちはその場から出発した。あの高くそびえたつ城壁の向こう側に閉じ込められている、大事な人たちを取り戻すために。



「ところで君、最後に体を洗ったのはいつかな? いや、別に臭いとかそういうことじゃなくてね?」

「振り落とすぞ!」


やはりこいつは余計な一言が多い。

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