第一話 ここは…どこ

 次の日、やはり朝は憂鬱だ。また今日も退屈な一日が始まる。そう考えるだけで気分が悪くなりそうだ。例の交差点で久太と合流して、学校に向かった。

 水曜日の一時間目は地理の授業で、重い足取りでみんなロッカーに教科書類を取りに行き、授業に備える。地理の先生は寝ている生徒を起こさないタイプの人で、優しいので生徒たちからの評判は良いほうだ。大人から見たら、どうなのかは知らないが僕にとって、居眠りを妨げなければ誰でもいい。地理の教師は、いつもチャイムが鳴って少し遅れて教室に入ってくる。案の定今日も三分ほど遅れてやってきた。


「すいません、遅れました。号令の方お願いします」


地理教師の松野がそう言うと、日直がかったるそうに号令をかけていつも通り授業が始まった。僕はいつもどおり眠いし、寝てれば授業は終わっているので、号令が終わると同時に机に突っ伏した。周りを見ると、既に久太らの数人は眠りに入っている。

 

 授業の終わりを告げるチャイムではなく、お祭りのお囃子のような音によって目が覚めた。笛や太鼓、にぎやかな掛け声、絶対に聞こえるはずのない音だ。目を開けると、辺りは真っ暗で先程までいたはずの教室ではない。暗闇に目が慣れてくると、付近には木や草むらが見えてきた。山なのだろうか、ふと前の方に視線を向けると、明かりが薄っすらと見える。山道から外れているためか、行く手を阻む草木を押し分けながら慎重に進んでいき、明かりの方へ近づいていくと、徐々にその正体が視認できるようになった。その正体を確認した途端、背筋に寒気が走るのを感じる。なんと、明かりに見えたのは、提灯小僧とヒトダマが道をてらしているものだった。そして、この世のものとは思えない異形な物や、鬼、亡霊たちが大きな神輿を担ぎ、山道を登っていたのだ。僕は今にも逃げ出したかったが、金縛りにあったかのように体が言うことを聞かないため、草むらで息を潜めてバレないのを祈ることしかできなかった。神輿の中からは、人間である僕ですら他の妖怪達とは違う、何か禍々しいものを感じる。その謎の一行は自分が潜んでいる草むらの前を過ぎようとした時、聞き覚えのある叫び声が聞こえた。


「な、何よこれ! た、助けて…」


その声の主は由羅だ。何故ここに由羅が…? と思ったが、考えている暇はない。「動け! 体! 」と頭の中で反芻するものの、体は愚か口すらも開かない。


「お主、何故こちらの世界に…。魂が光を放っている。小娘、生者か? 」


神輿の中から低く、禍々しい声が聞こえてくる。『生者』という言葉が発せられた時、周りの演奏は止まり静まり返った。


「私は生きてる。早く元の世界に返して、ここは何処なの? 」


由羅は、なんとか答えた。すると、妖怪達がざわめき始めた。「なぜ、生者がここに」、「黄泉の国に生きている状態では来れないはず」、「三途の川を渡っても尚、生きているというのか? 」、「閻魔様の裁きを受けたのか? 」などと、口々に言い合っているのが聞こえる。それを一喝するように、神輿の中の何かが、


「者共、静まれい。小娘、残念じゃのう、元の俗世に戻れると思わん方がいいぞ。ここは黄泉の国。生者はここで存在できない。死者の世界なのじゃ。お主のような生者が此処で存在するには、黄泉の国の住民と夫婦の契を結ばねばならん」


そう言うと、周りの妖怪たちも静まり話を聞いていた。


「めおとのちぎり…? 」


由羅はよく分かっていなそうだった。そんな様子の由羅を差し置いて、神輿の中の何かが話し続ける。


「そうじゃ。見てみろ、お主の体に亀裂が入り始めておる。完全に肉体が崩壊した魂は、閻魔の裁きを受けることできず、永遠に彷徨い続けるのじゃ。小娘よ、選択肢をやろう。儂と夫婦になり、黄泉の国の姫となるか、魂になり彷徨い続けるか」


自分の隠れている草むらからは、由羅の姿は見えない。本当に体に亀裂が入っているなら、僕の体もやばいはずだ。唯一動かせる、視線を体に向けたが特に変わった所はなかった。由羅には亀裂が入って、自分の体に亀裂は入らないのが何故か分からないが、まだ時間はあるということだろう。しかし、今の会話で分かったことがある。神輿の中の禍々しい何かが、黄泉の国の王であると言うことだ。にわかに信じがたいことだが、姫にならないかと言うってことは王であるということだろう。あの禍々しい感じからして、おかしくはない。これは直感的なものだが、恐らく由羅が黄泉の国の王と夫婦の関係を築けば、由羅は生者の世界に帰ってくることはできないと思われる。だからといって、由羅が存在し続けるには黄泉の国の王の提案に従うしかない。精一杯自分の馬鹿な頭で考えたが、体も動かない今、黙って見ていることしかできない。そんな無力感に僕は絶望した。

そうこう考えている内に、由羅が話し始めるのが聞こえる。心の中で、「ダメだ由羅! どうすればいいか、分からないけど、断れ! 」と叫び続けてが、無情にもその声は由羅には届かなかった。


「あなたが何者かは分からないけど、そうするしかないのね。分かったわ。あなたと夫婦になります」


由羅が黄泉の国の王に告げると、同時に妖怪たちは騒ぎ始めた。「今日は祝言じゃ! 」や、「めでたい、めでたい」など、恐ろしいほどに盛り上がっている。


「小娘、まだ名を聞いてなかったな…。名をなんと言う? 」


「由羅、夢野由羅よ」


「そうか…。お主の名はこれより、黄泉姫じゃ。皆の衆、よく聞け! これから儂の妻となる、黄泉姫じゃ!今夜館で祝儀を挙げる! 」


黄泉の王が高々に叫ぶと、怒号にも似た掛け声が聞こえる。その時、鐘のようなものがゴーンと鳴り響き、同時に僕の意識が徐々に遠のいていった。


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