第11話 知らない方が幸せ

司の周りを取り囲む秘密が一つ一つ結び付き始めたとき、司は食べることも飲むことも、寝ることも出来ずにうずくまっていた。

本当の家族は誰なのか。

希の言っていた「今まで会えなかった姉」とは誰なのか。

どうして二人が共存できないのか。

まだある謎について考えることで自分と希の関係が壊れそうで、でも知らないままでもいられない気がして、司は怯えていた。

希に会って話したい。

こんな複雑な話じゃなくてもっと他愛ない話がしたい。

司は時計を確認した。

午前4時30分。

希はあの公園にいるかもしれない。

部屋の隅で丸まっていたダウンジャケットを羽織って、司は家を出た。

外はまだ暗く、真夜中の町と大差ない。

4月後半、寒さは少し和らいだが、それでも無防備な頬は少しピリピリする。

手をすり合わせながらゆっくりと歩くと、司はふと立ち止まった。

目の前にはこの町には数少ない自販機。

司がダウンジャケットのポケットを探ると、ジャラジャラと音がした。

ポケットから出した手には100円玉が4枚握られている。

司はそのうちの3枚を自動販売機に入れた。

少し迷ってから、コーンポタージュのボタンを押す。

ガコンという音がして、まずは1缶。

おつりで出てきた180円のうち、司は120円を入れてまた同じボタンを押した。

ガコンともう1缶。

下から缶をとりだすと、冷たかった手にじわっとした感覚が走る。

司は片手に一缶ずつ持つことにした。

少しの間手を握ったり開いたりして、司はまたゆっくりと歩き始める。


公園につくと、司は足下に小さな花が咲き始めているのを見つけた。

薄い青のその花の名前を司は知らなかったが、勇気づけられたような気がした。

ベンチに見ると、誰かの背中が見えた。

顔は見えなくても、司にはそれが希の背中だとわかる。

司は気づかれないようにゆっくり希に近づくと、コーンポタージュの缶を後ろから希の顔の前に差し出した。

希が振り向く前に、司はこう言った。

「私、希のことをたった一人の親友だって思っているの。これからもずっとこのままがいい。希が誰であろうと、私が誰であろうと、2人でずっと笑っていたい。」

希は黙って司の差し出した缶を受け取った。

それから一つ息を吐いて応えた。

「聞いたんだね、あの人たちから。一緒にいよう、最後の日が来るまで。友達で…かまわないから。さっちゃんが生きてくれるなら、それでいい。」

希の手が司の手を掴んだ。

司のほうを振り返った希は、いつも通りの笑顔だった。

「さっちゃん、隣に来てよ。一緒に飲も?」

一瞬だけ、瞳を伏せた希の表情が司には悲しげに見えた。

「…うん。」

希は「ずっと」とは言ってくれなかった。

それでも一緒にいることで、どちらかが消えなくてはいけない運命が変えられるんじゃないかと司は思っていた。

隣に座って、2人でゆっくりコーンポタージュを飲んだ。

熱いね、なんて言い合いながら、

司はそうしてこんな幸せが続くことを心から願っていた。





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