ナチスの自滅的な政策

 ナチス・ドイツというとホロコースト(ユダヤ人の虐殺)が有名ですが、これは人道的な観点からはもちろん、戦略的にも愚かしいことでした。


 ナチ党の基本的な思想は、「優良な民族であるドイツ人を繁栄させる」というものです。彼らはこのことを「ドイツ人の生存圏の拡大」と表現しました。ナチ党は、ドイツの実権を握ってから、国内外の双方においてこの政策を実施しました。

 対外的には、ドイツ人が住むための場所を広げるために侵略戦争を展開することになります。対内的には、優良ではないと判断した人々(例えばユダヤ人)を排除することで、ドイツ人の居場所を守ることになります。

 ナチスの存在意義とは、侵略戦争とユダヤ人の排斥、二つのことを同時に遂行することだったのです。


 しかしこれこそが、ナチス・ドイツを破滅へと導く要因でした。侵略戦争とユダヤ人排斥は、不可分でありながらも矛盾した政策だったのです。

 その理由を二つ挙げます。


 第一に、ユダヤ人は、ヨーロッパ全域に居住していました。故に、いくらドイツ領内からユダヤ人を排除しても、ドイツが侵略によって領土を広げてしまうと、そこに住んでいたユダヤ人を新たに領内に抱え込むことになったのです。

 侵略を続ける限りは、排除しても排除しても、新たに国内にユダヤ人が取り込まれてゆく……。その人数は膨れ上がるばかりで、すぐに手に負えなくなりました。この問題は大いにナチスを悩ませました。彼らはユダヤ人を片っ端から殺してしまうことで問題を解決しようとします。


 第二に、ユダヤ人の排除には莫大な資金や技術力が必要でした。ユダヤ人を運ぶための鉄道や、殺戮するための技術開発などなど。ナチス・ドイツは対応に追われて、対外戦争に集中することができませんでした。自分たちで始めた戦争なのに……。

 国力の全てを戦争に結集する総力戦の時代において、集中できないというのは致命的な弱点です。ですが彼らは敗色が濃厚になり戦線が後退していた時ですら、できる限りホロコーストを実行していました……。


 このようにナチ党という存在は、始めから自滅的であり、矛盾に満ちていました。「ドイツ人の生存圏を拡大する」という政策は、倫理的にも政策的にも、大きな誤りだったのです。

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