第19話 正義の女神

 パウルス広場から南。

 レーマー広場に入ると、二つの同じ大きさの長方形の平面を合掌形に寄り掛けた屋根形式である切妻屋根に階段状のデザインを備えた中世の木造建造物が目に入る。ここは旧市庁舎であり、レーマーと呼ばれることから広場の名がつけられていた。

 神聖ローマ帝国の貴族の館であったため、その建物の二階では、かつて皇帝の戴冠式後の祝宴が開かれた皇帝の間があり、五十二人の皇帝の等身大肖像画が飾られている。いまでもスポーツのドイツ代表チームの祝勝会はここで行なわれているそうだ。


 広場の中央に、左手に天秤を持ち、右手に剣を持った像が建っている。ローマ神話に登場する、正義の女神ユスティシアの噴水だ。ギリシア神話ではテミスと呼ばれ、裁判のシンボルとして有名だ。

 でもおかしい、とサクヤは首をひねる。


「そうか、目隠しをしていない」


 彼女が手に持つ天秤は正邪を測る「正義」を、剣は「力」を象徴し、「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力」に過ぎず、正義と力が法の両輪であることを表しているといわれている。

 そういえば、目隠しありと目隠しなしがあると聞いたことがあったような気がしたサクヤは、レーマー広場の正義の女神をじっと見上げた。

 目隠しのない女神には、全体を見通して公正な判断を下す意味がある。


 レーマー広場から東の方角に、赤茶色の鋭い尖塔が見える。

 あれは十五世紀に完成したバロック様式の教会神聖ローマ皇帝の選挙と戴冠式が行われた由緒ある教会、バルトロメウス大聖堂だ。『ドム』の愛称で親しまれている。


「ドムっていったら、日本初のバーガーショップか、太くがっしりした体型で足裏に内蔵されたホバーで地表を高速滑走……いや、なんでもない」


 サクヤは気を取り直して、広場を見渡した。

 広場の南側に鉛筆みたいに鋭角にとんがって建っているのは、王室礼拝堂として十三世紀末に建造された旧ニコライ教会。プロテスタントの教会らしく装飾は控えめだが、現在はカトリックの教会となっている。外観は新しそうなので、立て直したのかと邪推したものの、第二次大戦の戦火を最小の被害で免れて現存していた。


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