29.大名古屋万博閉会

 二〇〇五年九月二十五日。

 台風一七号の直撃を免れた、まぶしい晴天の日。

 大名古屋万博、通称大名古屋万博は大好評のうちに閉幕した。


 最終日には、約二四万人もの人々が会場に押しかけ、広場は大勢の人で埋め尽くされた。


 閉会の式典は会場の最奥にあるEXPOドームで行われ、会場は日本の秋を代表する花であるコスモスによって赤紫色に彩られていた。

 その様子を、透一はアルバイト先のレストランの休憩室に置いてあるモニターで見ていた。


「次のバイト探さんとな、透一」


 隣で同じようにモニターを見ている直樹が、頬杖をついて透一に言う。


「ああそうだな。俺はもう飲食店は飽きたから、次はスーパーの品出しとかにしようかと思っとる」

「じゃあ俺はコンビニあたりにしよっかな」


 二人は万博が終わることの感慨にふけながらも、次のアルバイト先について考える。


 所帯じみた会話とは対照的に、モニターの中の式典は総理大臣や愛知県知事、国内外の賓客など、約二五〇〇人が集まる盛大なものだった。


 陸上自衛隊の音楽隊のファンファーレに、飾緒風の紐飾りがついた制服が華やかな儀礼隊による国旗掲揚、オーケストラを伴奏とする少年合唱団参加の国歌斉唱など、豪華な雰囲気で式典は進む。


 最後に次の認定博の会場であるスペインのサラゴサ市の市長に、万博の旗が渡されて式典は終わった。


 厳かな式典の終了後は、芸能人や歌手も参加するメッセージイベントが行われた。


「公式イメージソングなんてあったんだな。初めて聞いたわ」


 有名バンドのキーボードの人がピアノを大仰に弾く映像を見ながら、直樹がつぶやく。


 透一もまたその曲を聞いたのは初めてだったが、思ったよりも良いバラードであった。


 その演奏に合わせて、各国のパビリオンのスタッフや地元の小中学生が万国旗を振りながら登場し、すべての参加国名と国際機関名を読み上げる。

 またステージ上にはマスコットキャラクターの着ぐるみがカラーバリエーション付きで何体も現れ、大きな歓声を集めていた。


(最後に爆発させるなら今しかないと思うんだけど、それもないか)


 透一は自分とサフィトゥリを結ぶ万博が終わりつつあることに、一抹の寂しさを感じる。


 イベントは最後に有名な子役の少年が「明日の地球のために約束しよう」と手話付きで述べ、会場の出席者全員がその言葉を復唱して終わった。


 夜には、愛・地球広場やパビリオンでは、パーティーが開かれる。

 そしてパーティーも終わった最後の最後には、一二一カ国、四国際機関の国旗降納のセレモニーが行われる予定だ。


「まあ万博って、思っとったよりも悪いものじゃなかったよな」


 モニターの電源を切って、直樹は透一の方を見て言った。


 透一がサフィトゥリの話をしないので、直樹もまたサフィトゥリについて尋ねることはない。そうした直樹の詮索を好まない性質に感謝して、透一は頷く。


「ああ。俺も多分、一生モノの経験できたわ」


 そして、二人はシフトに戻った。

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