23.大名古屋万博サテライト会場

 名古屋に着いた透一は、待ち合わせ場所のナナちゃん人形の下でサフィトゥリを待った。


 ナナちゃん人形は名古屋駅隣の百貨店のエントランス前に置かれている約六メートルの巨大な白いマネキンで、大きく足を開いたポーズをとったその姿は多くの地元民に愛されている。ナナちゃん人形を使った広報も活発に行われ、水着や地元球団のユニフォーム、アメコミのキャラクターなど、着ている衣装はよく変わる。

 ちなみに今日のナナちゃん人形の衣装は、百貨店のクリアランスセールの法被だ。


 平日の朝でも世界都市・大名古屋は大勢の人で賑わっていて、百貨店の開店時間を待つ人や透一と同じように待ち合わせしている人、各々の会社へと出勤する人などで、ナナちゃん人形がそびえ立つ通りは賑わっている。


 携帯の時刻を見ながらそわそわとしばらく待っていると、深くやわらかな声が透一を呼んだ。


「おはようございます、透一さん」


 透一が携帯の画面から顔を上げると、そこには髪型をポニーテールにしたサフィトゥリが立っていた。

 黒い半袖のポロシャツに薄紫のペイズリー柄のフレアスカートを着て、白いミュールを履いたサフィトゥリの涼しげな姿は、普段とは違うカジュアルで可愛らしい印象だった。


「おはよう。この場所、すぐわかった?」

「はい。面白い待ち合わせ場所ですね。ここは」


 巨大なマネキンを見上げて綺麗に微笑むその笑顔に透一は、待ち合わせ場所をナナちゃん人形にしてよかったと思う。


「それじゃ、行こうか」


 透一はサフィトゥリの隣に立ち、笹島方面へと歩き出した。行先は大名古屋万博のサテライト会場である遊園地だ。


 笹島は元々国鉄の貨物駅があった場所で、廃駅後の広大な空き地の開発が急速に進んでいるエリアである。名古屋駅から南に真っ直ぐ進むと着くのだが、道のりは高さはあっても面白みのないオフィスビルばかりでそれほど楽しいものではない。かろうじてボーリング場があるくらいである。

 だがサフィトゥリがいれば、透一はどんな場所でも胸が高まった。


「こういう皆が働いているときに遊びに行くのって、ちょっと優越感ありますよね」


 サフィトゥリは、オフィス街を歩くサラリーマンやOLを横目に微笑む。


 空は晴天で、暑いけれども気持ちの良い一日の始まりだった。


 ◆


 サテライト会場の遊園地に着くと、敷地内は大人気ゲームのキャラクターをモチーフにし青を基調にまとめられ、小規模だがカラフルで楽しそうなアトラクションが所狭しと並んでいた。


 バスやあおなみ線での来場も多いのか、思ったよりも大勢の子供や大人で込み合っている。


 また会場内にはミストシャワーという見慣れない機械が設置され、熱中症対策に冷たい冷却ミストを振りまいていた。


「ここの遊具は、大阪の閉園した遊園地の遊具にタイアップ先のゲームキャラの絵を書いてリメイクしたものらしいな」

「エコロジーの万博だから、ちゃんとそういうとこもエコに作ってあるんですね」


 透一がささやかな知識を披露すると、サフィトゥリは早速鞄から携帯ゲーム機を取り出しながら頷いた。会場で限定配信しているゲームキャラを受信している様子から察すると、どうやらサフィトゥリは案外ゲーマーのようだった。


(やっぱりサブカルチャーは世界を繋ぐんだな)


 サフィトゥリの意外な一面に、透一は幻滅することなくむしろ嬉しい気持ちなる。透一自身はゲームを趣味にするには根気の良さに欠ける人間であるため、楽しみを共有できないことが残念だ。


「アトラクションは、電子マネーでの支払いオンリーなんですね」


 ゲーム機の操作を終えたサフィトゥリは、入り口で配られていた料金表を見ながら言った


 二人はアトラクションの利用に必要なプリペイド方式の電子マネーのカードを並んで買う。詳しいことは知らないが、これも未来の技術の体感なのだろう。


「遊園地とか久々だわ。昔は家族とよく行っとったけど、最近はもう皆で出掛ける機会も親戚の家行くくらいしかないし」

「私もそうですね。でも遊園地の雰囲気自体は、今も好きですよ」


 ジェットコースターの待機列に並びながら、透一は何の変哲もない身の上話をする。

 するとサフィトゥリはアトラクションに並び遊ぶ人々を、はるか遠くを見るように眺めた。


 晴天に恵まれた会場では、女性タレントが歌うテーマソングが賑やかにかかっている。


 サフィトゥリの言動は穏やかだが、彼女がテロリストであることを考えると、その瞳は心なしか物騒な感情を秘めているように見えた。


(今ここにいる人がみんな死ぬ結果だとしても、サフィトゥリはテロしたいんだろうか。やっぱり)


 透一はサフィトゥリの静かな横顔を見て、不思議に思う。怖いというよりも、透一はただ知りたかった。


 ほどなくして乗れたジェットコースターは子供向けの小型なもので、絶叫することもなくそよ風を楽しむようなアトラクションだったが、それはそれで幼児向けの玩具のような心温まる味わいがあった。

 バイキングも空中ブランコも素朴な作りで、ゲームキャラクターがそこら中に描かれていることで生まれるポップな雰囲気を楽しむのがこの場所の過ごし方なのだろう。


 夏休み期間であるため子供が多いが、ゲームのファンだと思われる大学生もいるので大人だけで乗っても恥ずかしくはなかった。


「童心に帰るって、こういうことを言うんでしょうね」


 サフィトゥリはメリーゴーランドから降りて、陽光の下で目を細めて笑った。透一はサフィトゥリの子供時代を知らないけれども、きっとその笑顔は幼いころとは変わらないのだろうと思った。


 遊園地で一通り遊ぶと、昼食を食べる頃合いになる。二人は名古屋駅に戻って地下街の飲食店へ行った。

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