20.センターゾーンの料亭

 二〇〇五年七月十五日、金曜日、昼。


 万博会場の中心、センターゾーンにある超高級日本食レストランの個室。


 清潔感のある落ち着いた内装の部屋に、透一はなぜかブレノンと二人でいた。テーブルの上には、わざわざ給仕の人に最初に全部並べてもらった懐石料理がパンフレットの写真みたいに綺麗に並んでいる。


 かごに盛られた細々と手の込んだ先付、サーモンみたいな安い魚が入っていないお造り、大きめの蟹のしんじょが浮かんだお吸い物、照りが食欲をそそる魚の焼き物、ほどよく衣のついた揚げたての天ぷら……。


 普段透一が働いているフードコートレベルのレストランとは違う立派な日本料理が、まず見る者の目を楽しませる。


「一回この店で食べてみたかったんだよな。高級懐石料理」


 ブレノンは機嫌良さげに箸を手に取って、先付のうちの一品である涼しげな器に盛られたじゅんさいのとろろ添えを食べる。

 彼は今日は普通に仕立ての良いスーツを着ていて、灰色のグレンチェックの柄に金髪が映えて無駄に格好良かった。


「奢ってくれるのはうれしいですけど、サフィトゥリの爆弾の隠し場所のことで話せることは何もありませんよ」


 さつまいもの蜜煮と説明された黒い皿にお洒落に載った煮付を口にしながら、透一はブレノンに言った。綺麗な黄色のさつまいもは上品な甘さで大変美味しいが、相変わらずブレノンが何を考えているのかはよくわからない。


 しかしブレノンの方は、透一の状況を全部わかっているうえでやりたいようにやっているようだった。

 おそらくサフィトゥリが透一がテロ阻止のための協力者であることうすうす気づいていることも、透一が協力者として何もできていないことも、ブレノンは把握しているのだろう。


「今日はその話をするつもりじゃない」

「じゃあ、何なんです?」


 毎回、透一はブレノンに用事を尋ねている気がする。


 じゅんさいの次は蓼みそでこんがりと焼かれたスズキの焼き物を器用な箸使いで食べながら、ブレノンは透一の問いには答えずに会話を続行した。


「君は愛知県生まれだが、故郷のことは好きか」

「不満はありませんよ。日本で一番栄えとるところで文句を言ったら、ばちが当たります」


 抽象的なブレノンの質問に、透一はただ正直に答えた。地元に対して屈折した感情はなく、経済的な繁栄に反感を覚えたこともない。


「そうか。俺がこの県に来たのはこの春からだが、まあ悪いところじゃないな。前評判の悪かった万博も、右肩上がりに入場者数が増えてるし」


 透一の返答に軽く頷き、ブレノンは万博の話へとつなげる。日本語の堪能さからブレノンは何かしら日本と接点があると思われたが、どこの出身かはわからなかった。


 そしてブレノンはお造り用の醤油皿にわさびを溶いて、さらりと微笑み本音を明かした。


「だが実を言うと俺は、この万博でテロが起きるのをちょっと見てみたい気持ちもある。もしもこれが完全な他人事で済むなら、君だってそう思わないか」


 とても無責任で、しかし正直で素直な破壊への興味を語り、金髪の前髪越しに青い目がじっと透一を捉える。

 透一も同じ側の人間であることを、その目は期待していた。


 最初からある程度わかっていたことではあるが、ブレノンは単に職業が軍人だったというだけで、あとは正義感や義務感ではなく好奇心で動いていた。ブレノンは公開処刑を楽しむローマ市民のように、大量破壊やジェノサイドを見たがっている。


 どうやらブレノンは率直な自分の考えを話すことで、透一がサフィトゥリのことで行動を起こすことを促しているようだった。


「俺は……」


 透一は何かを言おうとして、結局何も言えずに黙って牛肉の香味焼きを食べた。


 本当に他人事で済むのなら、万博会場で起きる一大テロというものがどうなるかを見てみたい気持ちがないと言えば嘘になるだろう。


(いやでもね、取り繕わずこういう意見に同意できるほど、俺は吹っ切れた人間にはなれんから)


 透一は目を伏せ、香草の辛みで引き出された肉の旨味を味わった。


 例えすべて見抜かれているとしても、透一はブレノンに本音を語るつもりはなかった。


 もし透一が普通を取り繕うのを辞めるとしたら、それはきっともっと大事な時なのだ。

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