感想と差異(四)

「そんなデタラメな推理があるか? 運だって?」

 それでも志藤はたまらずに青田に詰め寄る。しかし青田はびくともしない。逆に志藤を威圧するように身を乗り出した。

「納得は出来ないでしょうね。ですが『運』を認めてしまえば他のあらゆる事象が繋がっていくんですよ。しかし、その論議は一端は置きましょう。何しろ実地検証の最中ですからね。今この場の問題は『不自然な死』がこれによって出現するのか否か」

「だから、その前提に『運』なんて不確定な要素が……」

「そんな能書き――傍観者だから言えることなんですよ、先輩。人間が簡単に『確率』にその身を委ねることが出来ますか? しかもただのギャンブルでは無い。掛かっているのは自分の命なのですから。死んでしまう確率は十分の一。十パーセントだ。良かった高くない。一安心――そんな考え方、俺には随分奇妙な事のように思えますが」

「それは、そうかも……知れないが犯人はその確率に身を委ねたってことなんだろ? それじゃ話がおかしくなる」

 志藤の指摘は筋が取っている。確かに青田の主張はあべこべだ。しかし青田は涼しい顔で言い返す。

「一端置いてませんよ、先輩。犯人を普通の人間と考えてはこの『不自然な死』を説明出来なくなる。だからこそ、今は分割して藤田さんがどういった状況に陥ったのか? それを検証していこうという話なんです」

「あ、ああ、そうか……」

「でも緊張感というのは――?」

 今度は永瀬が首を捻る。

「そうです。まさにそこです。今検証したい部分は。犯人の異常性がこの辺りで有用に活用されたのでは無いかと俺は推測してます。まず、このような大袈裟な道具を持ち出します。それにつれて確率に身を委ねることの愚かさを藤田さんも気付くことになるでしょう。しかし準備は着々と整い、己のプライドもあるから『めたい』とも言い出せない」

 まるで青田は見てきたように、かつてこの駐車場で繰り広げられた場面シーンを滔々と語る。すると志藤がそれを遮るように問いを投げかけた。

「だが、その場に金はあるんだろ?」

「あるでしょうね。こういった場所におびき出す為には、やはり現金の魅力が必要でしょうから。恐らく犯人と藤田さんは同道したんでしょうから、その道すがらたっぷりと現金を見せつけたんでしょうね」

「それなら……ああ、そうか」

 唐突に志藤は悟った。藤田のキャラクター造形を俯瞰してみればよくわかる。恐らく最終的には藤田は金よりも命を選ぶ。それは貯金を切り崩すことを嫌がっていたことからも明白だ。あるいは課金を嫌がっていたことも理由に数えて良いのかも知れない。命、というよりも自分の行く末に「安心」というマージンを残しておきたいという「クセ」が藤田の行動からは見えてくるのだ。となると――

「現場までやって来た藤田さんは怖じ気づく。金を見せつけても意味は無い。藤田さんをその場に留めるために必要なものはただ一つ。『安心』だけ」

 志藤の悟りを経て、青田の説明は続いた。

「緊張感を演出するのは、謂わば前振りのためですね。このあとに予定している藤田さんを安心させるイベントをより効果的に見せるため。そのイベントとはもちろん――」

「――目の前で十分の九の確率であっても委細構わずアンプルを飲み干す犯人の姿か」

 志藤の言葉に青田は悠然と頷いた。

「先輩が『一端置いて』くれたようで何よりです。では説明を続けましょう――もちろん藤田さんは、その光景を見ても犯人の『運』が良いとは考えなかった。あまりにも犯人があっさりと飲み干す事でそこに作為を感じた。とは言っても、お互いに配られたアンプルに細工があるとは恐らく考え無かったのでしょう。いや、そもそもそういった細工を考える必要も無い。単純に『アンプルの中身が毒では無い』。ただ、それだけの理屈を構築するだけで――藤田さんは『安心』を手に入れることが出来る」

「そうかそれなら……」

 志藤がよろめくように納得の言葉を呟いた。

「そう。この条件が揃えば藤田さんが自ら毒を呷る『不自然な死』が出現することになる。この時になれば、金の魔力も再び効力を発揮しはじめていることでしょう。藤田さんは犯人がヘマをしたと考えているのですから。『もっとそれらしく毒を飲めば良いのに』と。しかも後は絶対有利なこの状況でゲームに勝てば堂々と金を要求することが出来るのですからね。そして失敗しても命が失われることは無い。だからこそ藤田さんは嬉々として毒を呷ったのです――十分の一の確率を突破してね」

 青田の説明が、ようやく一段落したようだ。未だ駐車場の側の幹線道路の交通量が減る気配はなく、夜空を焦がすヘッドライトと時折鳴り響くクラクション。そういった周囲の状況にさほど変化はない。しかし、この場は――藤田が命を落としたこの場所の「闇」は濃さを増したように思える。

 いや――青田の推理通りならこの場に出現したのはもはや「不自然な死」では無い。

 その場所に佇んでいたのは「殺人」だ。そう殺人であれば――

「――以上が俺の『不自然な死』の解釈です。如何ですか先輩」

「ああ、そうだな……『運』の話はかなり引っかかるが、そこを除けば確かに説明出来ているような気がする」

 青田の確認に志藤が首を捻りながらそれに応じた。実際そう応じるしかないだろう――「運」の問題を一端置くのならば。そんな志藤の回答に青田は感慨深げに頷き、次に永瀬に尋ねる。

「それでは永瀬さん。如何でしょう?」

「そうですね私も良く出来た解釈だと――」

「ああ、そうではなくてですね」

 不意に青田が永瀬を遮った。

「――俺が永瀬さんに伺いたいのは俺の解釈への感想では無く、実際との差異です」

 そう質問し直した青田の瞳が爛々と輝く。

「貴方があの日この場所で藤田さんを死に導いた時と、先ほどの俺の解釈にどれほどの違いがあるか? 俺が伺いたいのは、その一点です」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る