理解の果て(二)

 取り立ててしゃちほこ張る必要も無いだろう、と志藤は永瀬と並んで藤田の遺影に向けて線香を上げ、手を合わせた。そして初めて見る藤田の姿を確認する。もっとも証明写真をそのまま遺影に転用した感じであるから没個性ではあるのだろう。それでも皮肉げに歪められた口元と、こちらを睨め上げているように見える眼差し。そして以前が永瀬が言ったように、ふくよかである事も間違いないようだ。つまり少々付き合いづらそうだな、という第一印象になってしまう。

 もっともそれは自分も同じか、と志藤は心の内で苦笑した。

 藤田の家はさいたま市の文化住宅――所謂アパートになるのだろう。間取りは2Kといったところ。一階の角部屋で、周囲はさほど建物が林立してない印象だ。有り体に田舎と言ってしまえるほどでは無いが、然りとて閑静な、という形容詞を付けるのも躊躇ってしまう。そんな立地であった。

 今日が晴天であったことが、救いになっているのかどうなのか。果たして、こんな風に晴れた日に、見知らぬ訪問者が現れるというのは迷惑以外何物でもないだろうな、と志藤は遺影の前で諦めの心境だった。

「ありがとうございます。有樹も喜んでいることでしょう」

 と、志藤達のルーティンワークじみた遺影への挨拶に、藤田の母が負けぬほどの無感動で謝意を述べる。不審死で果てた子供がいるとはとても思えない、と考えるのが普通なのだろうが、一方でそれが自然な事のように志藤は感じてしまう。それは「小説家」の実像を志藤が知っているせいかもしれない。

 恐らく家族には迷惑を掛けっぱなしだったのではないだろうか? ――と志藤は考えてしまうからだ。

 そんな志藤と永瀬の前にお茶が供される。部屋の中央に位置する木目調のテーブル。それを挟んで二人して藤田の母と向かい合う形だ。それが礼儀だろうと自分に言い聞かせながら志藤はお茶に口を付けた。

 藤田の母親は息子とは反対に随分痩せぎす。身につけている服にもさほど意を凝らした所がみられない。薄紫のレディースのポロシャツとブラウンのスカート。髪は短くまとめ、恐らくは白髪染めでもあるのだろうが色はダークブラウン。容姿も含めてトータルで印象をまとめると「素朴」あたりになるだろう。もっとも、そんな女性が息子の死については突き放しているわけだ。なんとも、やるせない気持ちに志藤はなってしまった。

 そこから改めて自己紹介の流れになった。永瀬は簡単と言えば簡単なのだろう。藤田が唯一、付き合いのあった出版社の編集者なのだから、まったく縁がないとは言えない。名刺を差し出し、そのついでに来訪の目的も告げてくれた。それは有り難がるべきなのだろうが、これから自己紹介をしなければならない志藤にとっては、針のむしろ、と言う程では無いが些か座りが悪くなる感覚だ。それでも志藤は自分も名刺を差し出し――今更お悔やみの言葉を並べても仕方が無いと気付き、沈黙を選んだ。

 藤田の母は、やはり無感動にそれを受け止めると自らも自己紹介を始めた。何故そんな流れになるのか、志藤には意味不明だったが、とにかくそれで藤田の母が近くの印刷工場に事務として勤めていることを知る。それが何か? ――ではなく、恐らく経済的には困窮していないと言うことを遠回しに説明しようとしているのではないかと推測する。

 つまりは……息子の死についても、さほどの影響が無いということを告げたかったのではないだろうか? 志藤はそんな想像をしてしまった。

「――それで今日は?」

「は、はい。藤田さんの、何と言いましょうか、どういった方であったのか? それと自殺――ですね。その時の様子を伺えれば、と思いまして時間をいただきました」

 状況が状況であるので、志藤も敬語の使い方に迷う。定型文らしいものが使えない。「ご自殺をなさった時に――」なんて言葉遣いは、どう考えても変だ。それと同じベクトルに「ご自害」という単語も含まれる。いっその事イダ熊のように傍若無人に振る舞えた方が楽は楽なのだろう。

 ――あるいはそんな言葉遣いが許されるように世界を設定してしまうとか。

「そう……ですか。小説家という方は、やはりそう言ったことをなさるものなのでしょうね」

 志藤が益体もないことを考えている間に藤田の母から声が返ってきた。どうにも聞き咎める内容と共に。

「え? いや、藤田さんも小説家で……したよ」

「本当にそうなのでしょうか? 私には息子が働いているようには……まったくお金を入れませんでしたし」

 志藤は隣に座る永瀬に思わず視線を流す。出版社が金を払っていない可能性――だが永瀬は懸命に首を横に振っていた。藤田の母も即座に志藤の視線の意味に気付く。

「ああ、すいません。そう意味では無く、あの子が単純に生活費すら出していなかったと言うだけの話ですから。あの子はあれでも勤めていたこともありまして、実際貯金はありましたし。けれど、そのような有様でした」

「つまりそれは……」

 志藤が言い淀む。そういった藤田の状況を言い表すのに、うってつけの言葉がある事に気付いてしまったからだ。言葉の意味と性格に照らし合わせるなら、使ってはいけない単語なのだろう。だが感覚的には――

「息子はニート、というものでした」

 志藤の躊躇いを切って捨てるように、藤田の母はそう断言した。

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