蹲る闇(三)

「そりゃ、お前無理って事は無いよ」

 虎谷は何処か諦めたような、ふて腐れたような。それでいながら、その視線にだけはかすかな怒りが見えた。つまりはそれほど曖昧な事態ではあるのだろう。この「不自然な死」については。

 では何と言って話を続けるべきなのか。この段階でも席を立たないことで、どうやら虎谷にも何かしら思惑がある事が判明していた、と志藤は俯瞰した。であるならば自分が行うべき事は――

「虎谷さん、ちょっとおかわりしてきますよ。さすがに水っぽいし、温いし」

「いいぞ。なんならお前も飲んだらどうだ? 酔うわけにはいかないけどな」

「それじゃ最初の話がおかしくなりますよ」

 言いながら志藤はドリンクバーに向かう。歩きながら自分を俯瞰。青田と連絡を取るだけの繋ぎとしての自分を。いや、そこまで卑下することは無いのかも知れない。何にしろ青田を引っ張り出すためには自分を経由した方が良い、と少なくとも思われているようだ。であるならば、自分が悪者になって情報を引っ張り出した方が良いだろう。その最中に自分が答えに辿り着く可能性だってあるかも知れない。

「……お待たせしました」

「なんだ結局コーヒーか? せめてジンジャーエールとかさ」

「甘い物は無闇に摂らない。妻にそう言われてますから」

「ああ……それじゃ仕方ないな。それで他に質問は?」

「違法な薬物を持っていたって事では無いんですか? 死因も毒によるものでは無くオーバードーズだったりとか」

 果たして過剰に摂取するものが甘い物か薬物か? ……などという違いを会話の接ぎ穂にするつもりは無かったが結果的にそんな形になってしまった。志藤は胸の内で苦笑する。しかし奇襲を受けた形になった虎谷が嫌々ながらも志藤の問いを否定した。

「そりゃあ、お前……否定するしか無いよ。故人の名誉があるしな」

 悪者になるというのは、こういう事だ。志藤の方から否定するしか無い様な質問を繰り出す。そうすれば虎谷は否定するだけで、さらに「不自然な死」の輪郭がはっきりしてくる手法だ。だからこそ志藤は、まず無理筋から尋ね始めたわけである。

 違法な薬物。そんなものが絡んでいるなら、早々に「自殺」なんて結論は出さないはずだ。だからこそ虎谷も「故人の名誉」という建前を使って、事実上の情報漏洩を行ってくれる。やはり、その先には青田に聞かせる、という意図があるのだろう。

「……個人の名誉に関して言えば、何よりも向こうの母親がなぁ。捜査を続ける事に積極的では無いんだ」

 果たして志藤の推測を裏付けるように虎谷から話し始めた。グラスのビールを大事に飲んでいたが残り三分の二。何かしらのアリバイが成立した、と考えているのかも知れない。志藤もまた積極的に言葉を添える。

「つまり協力的では無い、と?」

「いや、そう言うんじゃ無いんだ。なんと言うか突き放した部分、というかキッパリと突き放しているな、ありゃ」

「家宅捜索、というか礼状取るまでもなく?」

「そう。その点は協力的だったらしい。俺は行ってないがな」

 虎谷は虎谷で情報を集めてくれているらしい。逆にそれに何か不気味なものを感じてしまう志藤であったが、悪者である自分の役目を思い出した。

「つまり薬物を発見するには至らず。当然、毒物も。では薬物反応は? たまたま手持ちが切れただけとか。毒物の反応だけ?」

「その辺りは『個人の名誉』になるなぁ。薬物の反応は無かったよそれだけは間違いない。後はご家族に説明したことが全て」

「ですが毒物が発見されないのも話がおかしくなるのでは?」

「なるがしかし、そこまでおかしな話では無い」

「……そういう事にしていると。ただ素人の私から見ても確かにおかしくはないと思います。例えば今まで毒に接触する機会がなかった故人が、行きずりの場所で毒を入手。それを機会に、心がおかしな具合になり突発的に死を選んだ――なんて物語も描くことが出来ます」

 そんな志藤の言葉に虎谷は何処か安堵したような、それでいて自分でも納得出来ない何かしらを目尻の先に漂わせる。「さすが作家先生」と混ぜっ返すが、それが果たして虎谷の本意なのかどうか。

 まず安堵したのは警察官としての自分の立場を守るためと考えてみる。そして、それでも尚、納得出来ない部分があるというなら、よほどの理由があるのか。だが、それなら捜査の継続を主張しても良いはず。それを躊躇わせる理由――改めて志藤は虎谷の話を俯瞰してみる。薬物中毒の可能性、藤田の家族との関係、さらには毒物の入手経路。それらを改めて考えてみると毒物の入手経路については煮え切らない答えしか返ってきていないことに志藤は気付いた。

 追跡が非常に困難という話だが、本当にそうだろうか? なんなら本庁に掛け合って広域捜査――そこで志藤の推理は止まった。そこまでは虎谷も考えたのだろう。それが実行に移せないと言うことは、むしろ自殺という決着の付け方には問題があると訴える事が出来ない「何か」があると考えるべきなのでは?

 であるならば「悪役」である自分が採るべき行動は、その「何か」を指摘して、虎谷に反応できるだけの言い訳を用意することになる。

 そしてその「何か」とは――

「――『不自然な死』が、この一件だけでは無い、なんて物語はどうでしょう?」

 志藤は思い切って踏み込んでみせた。 

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