第6話 モーニングシンキング2

 程なくして、朝食を済ませた母さんはビジネスバックを肩に家を出て行った。


「「……………………」」


 さっきまで騒々しかっただけに、食器の触れ合う音がやけにうるさい。


 千夏のヤツ……余裕というか、昨日のことをまったく気にしてなさそうだな。


 黙々と箸を進めている千夏。今に至るまで会話はおろか、俺に一瞥いちべつもくれないでいる。


 視線を合わせないのは逆に気にしているから、とも取れるが……どうだろ、千夏は毎朝こんな感じだしな。


 父さんと母さんは基本朝が早いため、こうして千夏と二人で朝食をるのがほとんどだ。しかしその間、会話という会話が生まれない。


 朝だから機嫌が悪い、とかではない。一言も交わさない日はざらにある。むしろ昨日の夜がおかしかったんだ。


 そして俺自身もおかしくなった。これら二つがまったくの無関係とは思えない。繋がりがあるはずだ。


 俺は茶碗を手に取り味噌汁をすする。そして脳に強烈に刻まれた記憶を思い起こす。


 今思えば最初から変だった。


『俺が寝ているものだと勘違いし起こさないようにそっと扉を開けた』


 千夏はそう取れる発言、態度をしていた。いつもだったら遠慮なく入ってくるくせに、だ。このことから俺への気遣いではなく俺に気付かれないよう足音を忍ばせていたと考えられる。


『――てかさっきから気になってたんだけど……後ろの、なに?』


 次に千夏は俺の視線を誘導した。あ、UFOッ! と同じ古典的な方法で。


 まんまと引っかかってしまった俺はそのすぐ後に自分の異変に気付くわけだが……前後でしたことと言えば〝麦茶を飲んだ〟くらいだ。


『え……嘘、え? だってまだそんな時間経ってないはずだし、え? やだ、どうしよう』


『……そ、そんな……じゃあ、やっぱり……』


 そして最後、自室での俺と千夏のやり取りだ。あれは露骨すぎた。思うに千夏にとっても予想外だったのだろう。あの慌てぶりはそうとしか説明ができない。


 さらに動揺した千夏が口にしていた『まだそんな時間経ってないし』というセリフ。


 もし仮にそのセリフが俺の異変について触れているのだとしたら、千夏はあの時おかしなままの俺を期待していたことになる。


 おかしな俺=千夏を異性として見てしまう俺。


 そんな俺を期待して千夏は真夜中に忍び込んできた。


 …………まさか、既成事実を作り上げ俺から少ない貯金を巻き上げようって魂胆かッ⁉


 いや、いくら俺のことが嫌いでもさすがにそこまではないか……多分。それに既成事実ってなんだよ、気持ち悪いよ俺。


 やめだやめと俺は雑念を振り払うように頭を軽く左右に振る。


 動機がわからくとも〝どうやった〟かは見当がついている。


 恐らく千夏は――麦茶に一服盛りやがった。


 そしてもう一つ、忘れてはならない重要な〝事実〟がある。


 それは――――千夏が〝可愛い〟ってことだ。


「――兄ちゃん、今日のお味噌汁、どう?」


「ん? あぁ、美味しいよ」


「そう、良かった。今日の――ウチが作ったんだ」

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