第2話 義理の妹が可愛いんだが。

 ……うん、普通の麦茶だ。普通に美味しい。


 味が変だとか異物が混入されてるとか一瞬で天に召されるとかはなかった。


 杞憂きゆうだったな。俺は空になったグラスを見つめながら自嘲じちょうするようにため息をついた。


「ふあぁ~……ふぅ。ダメだ、眠い。俺、部屋行ってっから。もし千夏も自分の部屋に戻るんだったら、ここの電気消しとけな」


「あ――ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 俺が空いたグラスを手に席を立とうとした瞬間、千夏がテーブルを両手で叩き前のめりになって制止の声を投げてきた。


 どういうわけかその必死さがとてつもなく〝愛おしく感じ〟、俺は「お、おう!」と喜んで従った。


「……ど、どうなのよ」


「どうって、なにが?」


「だ、だから! そ、その、麦茶を飲んだ感想よ」


「感想? あ~、普通に美味しかったぞ」


「そ、そう……よかったね」


 なんとも不自然なやり取りだなと俺は思った。


 千夏が一から作った麦茶なのだとしたら味の感想を求めてきてもなんらおかしくはないが、さっき俺が飲んだのは全国のスーパーで並んでいるような珍しくもなんともない物。


 これがコーヒーとかで千夏が淹れてくれたのならまた話は違ったが、麦茶はただ注ぐだけ。しかも俺自らの手で行っている。千夏が感想を求める余地はどこにもない。


 それら事実と対面に座っている千夏の落ち着きのなさからかんがみるに――千夏は俺に構ってほしいのだろう。


 まったく、可愛いやつめ。イタズラで俺の気を引こうって作戦だったか。そんなことしなくてもお兄ちゃんはお前のこと――〝愛している〟っていうのに。


 そんなことを思っているとマイスイートゥシスターと――あ、じゃなくて千夏と視線がぶつかった。


「あの、さ……」


 独り言のようにか細い声を漏らした千夏。しかし中々次の言葉が出てこなかった。


 訪れるは沈黙。この状態が長引けば長引くほど切り出しずらくなる。それが言いにくい内容なら尚更だ。


 けれども俺は黙って待つ。意地悪でじゃない、可愛い妹のためを思ってのことだ。ほら、よく言うだろ? 『可愛い子には旅をさせよ』って。あれの妹バージョン――『可愛い妹は可愛い』ってこと。はは、意味わかんね。


「えっと、さ……」


 声は相変わらず小さかったが、再び口を開いた千夏は覚悟を決めたような顔をしている。さっきまで小動物みたいで愛くるしかったが、これはこれでいいな。


「う……ウチのこと、どう思ってる?」


 なんの脈絡みゃくらくもない質問だが、いちいち突っ込んでいてはきりがない。それに、千夏の問いに対する答えは――既に持ち合わせてるわけだしな。


 俺はテーブルに両肘をつき、組んだ手に顎を乗せて答えた。


「超絶可愛い妹……いや、一人の女性と思ってるよ」


「――なッ⁉」


 見る見る内に頬を赤く染め上げていく千夏。その男心くすぐるウブな反応を目の当たりにした俺は、いけないことにいじめたい衝動に駆られてしまう。


「ちょ、ちょっと聞き取れなかったから、もう一回言ってくれる?」


「い、や、だ♡」


「んもぅ……ケチ……いじわる」


「ははっ、そうねるなって。もう一回、言ってほしいか?」


 頬を膨らませ、睨みを利かせてきてはいるものの、千夏はコクリと小さく頷いた。


「わかったわかった。但し条件、千夏の潤いたっぷりな唇で俺のかわいた唇に恵みを与えてくれたら、つまり〝キス〟してくれたら――――ふんッ!」


「兄ちゃんッ⁉」


 俺は自分の頬を自分の拳で思いっきりぶん殴った。


 な――なにを口走ってんだ俺はあああああああああああああああッ!


 そして自分に対して盛大にツッコんだ。

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