第12話 決闘! セラピスとロア

 セラピスの巨大な翼は、凄まじい推進力を生み出せた。この国の人間がまだ存在すら知らない、はるか東方で研究されているプロペラ機でさえ、今のセラピスには到底、敵わないであろう。セラピスの魔法は、科学をも超越していた。

 あと少し、今のセラピスの体一つ分まで近づけば、王に追いつける所まで来た時、意外な反撃を受けた。

 「カナ、よくやってくれた」

 「あなたをお守りするのが、私の役目、何度もそう言っているではないですか、あなた」

 2つの拳大の白い光球がセラピスの体に命中した。熱を伴う魔法攻撃だった。命中した左翼に痛みはあったが、飛行に支障はなかった。カナロア・ヘリオス・クーは、英雄カールの息子とロアの娘の間に生まれたいわば英雄のサラブレッドだ。高い身体能力と魔力を持った逸材として、英才教育を受け、いずれは、将軍か元帥になると目されていたが、ネロに一目ぼれされて、妃となってしまった。ネロ暗殺の最後の障害こそ、この皇妃だったのだ。その事を部下や家臣から忠告されていたが、セラピスは、軽く取っていた。思っていたよりは厄介だ。だが事実として、竜の炎のブレスでこのまま殺してしまえるではないか。それよりもネロに一言、言ってやりたかった。

 「女に守られて、恥ずかしくはないか、ネロ! お前が戦え!」

 ドォン! ネロは護身用に持っていたやや旧式のライフルをセラピスに命中させた。腹部に熱と痛みを感じたセラピスは、怒り狂った。

 「銃を使うな! 剣を使え! 魔法を放て! だから、儂はおぬしが大嫌いだ!」

 ネロも魔法は使えた。むしろ、銃撃が下手で、魔法の方が得意だった。だが、国軍強化の為に、敢えて最新式の銃火器を導入し、魔法ではなく、銃を自ら撃つ姿を国民に見せて回った。下手な銃の扱いに笑われても、一向に気にしないネロには、先を見据えた王者の風格があった。しかし、セラピスとは考え方が合わなかった。ネロが皇帝に相応しいと、とうとう思えなかったのだ。

 だからセラピスは、魔法重視のヘリオガバルスを支持した。鍛え上げた魔法は、どんな銃よりも大砲よりも強い。ヘリオガバルスには、それが分かっていた。敬愛するヘリオガバルスの為に、禁術にも手を出した。そして、銃にも大砲にも負けない魔術師と魔物の軍団が完成した。ネロと母后が邪魔をしなければ今頃は、イベリアに攻め入り、ヘラクレスの柱を奪い取っていた。北アフリカを手中に治めたはずだった。

 ネロさえいなければ、セラピスの憎しみは深い。

 「嘘つきセラピス! 俺もお前が大嫌いだ!」

 アルバートの体当たりと爪による殴打を受けたセラピスドラゴンは、地上へと墜ちていった。鎧を斬り裂くグリフォンの爪を背中と翼にもろに受けたセラピスは飛ぶ事も出来ずに、墜落するしかなかった。

 だが落ちた先は、なんとミッドスナッフ湖だった。

 「逃げなさい! 奴はすぐに追いついてくる!」

 「あなた、まるで」

 皇妃が言い終わるよりも先に、湖からセラピスが首を出す。

 それを見たヒーヒーは怯えて、出せる最高の速度で飛んでいってしまった。

 「悪運の良い奴だ、アルバート地上へ下ろしてくれ。今度こそ決着をつける」

 「ロア、よくも邪魔を!」

 「お前の望む通りに、決着を付けに来てやった。感謝しろ」

 翼に負った怪我は大きい。飛べない今となっては、ネロには追いつけない。別の手を早急に打たなくてはとセラピスは冷静に考えた。だが、それはロアを倒してからだ。こいつは孫娘可愛さにどこまでも邪魔をしてくるだろう。

 セラピスは湖から上がると、ロアを睨みつけた。すでにロアの魔法攻撃は始まっている。

 「傷口がやけに痛む。お得意の水魔法で淡水を塩水にでも変えたか」

 「ドラゴンは毒や酸に対して、強い耐性がある、だが傷口に塩を入れられたら、そりゃ痛いだろうな」

 悪童のような顔で笑うロア。良くないと分かっていても、怒りがこみ上げてきた。

 「だからって、本当に塩水に変える馬鹿がいるか! 嫌がらせのつもりか! それとも頭の中まで小童になったのか、ロア!」

 「悪かったよ。次は水を沸騰させて、熱湯にしてやろう。体が冷えているだろう? いや、油に変えてからにしよう。その方が温まりそうだ」 

 「殺す!」

 セラピスは、ロアのペースに乗せられている事に気づいた。だが構わなかった。今の自分には負ける要素がないからだ。

 「アルバート、よくやった。後は俺に任せて、引け!」

 セラピスは、ロアを踏みつぶさんと突進してきた。ロアは抜刀をすると同時に、斬りつけた。セラピスの全身を使った攻撃は、宙を舞う木の葉のようなロアの動きに対してまるで当たらない。

 「その避けながらの攻撃術、まるでカールの剣技だな」

 「あのカールに剣術を教えたのは、兄貴の俺だ。1年で抜かされたけどな」

 リーマは湖面を斬って見せた。

 「見事な切れ味。だが、お前はカールではない。カールならば、いざ知らずお前の体術では竜は倒せん。頼みの魔法は、儂と互角。ロア、敗北は時間の問題だな。そして、儂はお前さんに逃げろとは言わん。絶対に、な」

 強者の余裕が、冷静な判断を取り戻させた。だが、それは高慢さと紙一重の危険な心理状態でもある。

 「それはどうか、俺も姿を変えよう。今よりもずっと強い肉体に」

 リーマの体が少しずつ大きくなり、顔や体も変化していく。成長しているのだ。

 「面白い、全盛期の姿で挑むか、結構、結構…うん?」

 リーマは、自分の体を成長させている。今はおよそ14歳といった所だ。成長していくリーマに、炎のブレスを浴びせるセラピス。

 「気づいたか」

 15歳まで成長したリーマは、炎を難なく躱せた。動きの素早さとキレが違っていた。さらに前進して、剣で一撃を加える。前の攻撃に比べて、明らかに手応えが違った。その上、今のリーマは、セラピスの反応速度をわずかに上回っている。リーマの強さは増し、逆にセラピスは弱くなっている。だが、それでも決定的なダメージは与えられない。

 「儂から命を吸い上げておったな。それで自分の体を成長させて、儂を老体に戻して、弱くする作戦か。だがもうお前の生命の吸引には掛らない。素振りを見せれば、すぐさま叩き潰してやる」

 セラピスは自分の爪に呪いを染み込ませた。爪先が毒々しい色に変わる。あの爪で傷を負えば、呪いで死に至る。接近しての攻撃はもうできない。

 リーマの勝ち筋は元より少ない。セラピスは以前よりずっと強くなっている。それは村での戦いで理解していた。ましては、今のセラピスは竜だ。奇襲や不意打ちが通用しない。

 「お前から生命と力を奪ってやった。そのおかげで俺は最盛期に近い強さを手に入れた。俺の全盛期と新しい力を得たお前のどちらが強いのか、お互いが得意とする魔法のぶつけ合いで決めようよ、セラピス」

 「望むところだ。多少、力を奪われた程度でどうという事はない」

 セラピスはにやりと笑ってから、口を開くと炎のブレスを吐き出した。竜の体内から生じる炎を自らの魔力で強化した極大威力の炎の魔法だ。その熱は鋼鉄を溶かし、数秒で街を壊滅させるほどの威力を持っていた。

 リーマもまた炎の魔術で対抗した。特大の火球に魔力を注ぎ、それをさらに大きくして、竜の炎にそれをぶつけた。

 2人の周囲は、瞬間的に数千度まで上昇した。湖の半分が蒸発し、水草が燃え尽きた。自身の体を魔術で守りながら、戦うリーマは不利だった。だが、セラピスはやや押されていた。リーマは、先ほど吸い取ったセラピスの力に加えて、村でセラピスの炎を吸収し、利用していた。あらかじめ吸収しておいた力をここぞという時に引き出す戦法は、ロアが最も得意とする戦い方だった。

 だが誤算だった。そんな小細工を消し飛ばすセラピスの大火力。リーマの瞬間的な火力は最初の十数秒で限界を迎え、逆にセラピスがさらに火力を上げてきた。

 セラピスは興奮した。勝利は目前、そして自分の選んだ道はやはり正しかった。自分と同等、いや半分の力を持った魔術師10人が竜体化に成功すれば、10万人の軍隊を一夜で滅ぼせる。そう確信するほどに自身の力に酔っていた。

 酔っている、酔っている? 視界がぼやけ、体の力が抜けていくのが分かった。さすがに熱でやられたか、なら問題はない。先に力尽きるのはロアに違いないのだから。

 気づけば、ロアが五分の所まで押し戻しているではないか。

 顎を開いているのがつらい。立っているだけで意識を失いそうだった。

 ロアが何かしたのは明らかだった。何をした。毒か、呪いか、力を吸収しているのか? 頭が働かない。意識が遠のいていく。はっと気づいた。

 『きさま』

 10年以上も前、ロアは水の性質を変える研究をしていた。東洋の島国の秘伝とされる麻酔。飲めば、一日は起きる事はない薬を魔法で作りだそうとしていた。医療目的では勿論、魔物の捕獲目的でも使えると考えていたからだ。結局は、完成せずに、少量でも口にすれば、昏睡や失明をまねく強い毒物ばかりが生まれた。そんな中、セラピスは、独自の調査で原料を突き止め、薬の調合に詳しい弟子にロアの求めていた薬を作ってみせてやった。魔物さえ眠らすその薬は、今ではこの国に流通している。

 「お前が教えてくれた麻酔、俺は結局、再現できなかった。出来たのは、昏睡や失明を招く麻酔に似た危険物だけだった。それを塩水と偽って、傷口からお前の体に流しこみ、さらに剣を湖水で濡らして、2度斬りつけて、体内に注入させた」

 『きっきさま! ロア! なんてものを儂のからだに、いれ』

 セラピスは、意識を失った。気力を振り絞り、目を開けようとしたが、駄目だった。

 「さいごにみるのが、ろあ、おまえ」

 次に目が覚めた時、失明だけは勘弁してくれと最後に願い、深い眠りに落ちていった。

 「セラピス、お前なら知っているよな。飛竜の指は4本だ。それなのにお前の指は、5本ある。一目見て、似姿を得ただけで、本物の竜に成りきれていないと思った。それで賭けてみた。本物の竜でないなら、薬が効くに違いないはずだと。それでもお前はやっぱり凄いよ。術が完成していて、お前が本物の竜になれたなら麻酔だって効かなかった。竜は唯一、薬では眠らない生き物だから、そしたら、俺は絶対に負けていたよ」

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