伝統ある超自然現象研究部


 富士峰高校には長い歴史を持つ文化系の部活が多くある。その中でも演劇部は戦前から続く伝統ある部活動として他の文化部から畏敬の念を抱かれていた。

 超自然現象研究部、略して超研もまた、長い歴史と伝統を誇る部活動の一つであった。始まりは昭和三十八年、当時の生徒たちが、とある怪奇事件を解決しようと作り上げた同好会が始まりだったと言われている。その怪奇事件は結局未解決のままに終わったが同好会自体はその後も続き、昭和五十五年、天然痘の根絶宣言と共に彼らは超自然現象研究部を立ち上げた。

 その後数十年、激動の平成、移り変わる季節の中で彼らは多岐に渡って活動を続けて来たのである。

 超研は主に、都市伝説の調査、心霊現象の研究、学園七不思議、呪い、占い、恋愛相談、ペット探しなどなど、様々な活動におけるプロフェッショナルを自称していた。

 メンバーは皆、自分たちの部活動に誇りを持っており、当然、姫宮玲華なる人物が新たに占い研究部やオカ研を作りたいなどと申し立てても、彼らの妨害工作で成立することは無かっただろう。だが運命の悪戯か神の導きか、姫宮玲華と超研が争うことは無かった。むしろ、両者は互いに協力してゆく関係となっていくのだった。

 因みに玲華は、王子様研究部なるものを創設する事で、伝統ある演劇部と血を血で洗う争いへと発展していくことになるのだが、それはまた別のお話である。

 そんな超自然現象研究部だったが、現在、彼らは存続の危機にあった。



「部長、なに少女漫画なんか読んでるんですか!」

 超自然現象研究部副部長、鵡川新九郎は太い眉毛をへの字に曲げた。

 部長の睦月花子は、君に届けの主人公爽子の不器用さに共感して、一重の瞼をキラキラと潤ませている。

「今月の活動報告書、どうするんですか! このままじゃ廃部ですよ!」

「うっるさいわねぇ! 今、恋愛相談の為の勉強してるんだから邪魔しないでよ!」

 花子は細い目を更に細めて背の高い新九郎を睨み上げた。新九郎はその怒気に気圧されて、サッと明後日の方向を向く。

「失礼しまーす! 部長、報告に参りました!」

 唯一の新入部員である小田信長が、部室という名の理科室に、勢い良く飛び込んできた。小柄で俊敏そうな身体。丸い大きな瞳がおかっぱ頭の下でクリクリと動く。

 信長というより秀吉では……?

 新九郎と花子は、同じような印象をこの新一年生に抱いている。

 信長は艶のある頬を赤く上気させて、漲る活力にウズウズと身体を動かしていた。花子は先ほど、取り敢えず浮遊霊でも見つけてきなさいと、常に落ち着きのない新入部員を部室から追い出したのだった。

「それで、どうだったの秀吉くん? 幽霊は見つけたのかしら?」

「信長です! 幽霊は見つけれませんでした!」

「じゃあ、もう一度探しに行きなさい。超研の活動はね、地道な作業の繰り返しなのよ」

「ですが、面白い噂話を耳にしました!」

 信長は手を額に当てて、敬礼のポーズをとる。

 花子は一応聞いてあげようかと漫画を閉じた。

「へぇ、何かしら?」

「実は、旧校舎裏のシダレヤナギに幽霊が出るという話を耳にしたのです」

「……はん」

 途端に興味を無くした花子は視線を落として漫画の続きを読み始めた。信長は困惑したように、背の高い新九郎を見上げる。

「あ、ああ、のぶくん、実はだな……。シダレヤナギの幽霊はこの学校では有名な七不思議の一つで、ぜひうちとしても解決したい案件の一つなんだが……」

「いないのよ、ヤナギの幽霊なんて」

 花子は漫画を読みながら、ため息をつくように低い声を絞り出した。その悲しみの混じった声色に信長は息をのむ。

 超自然現象研究部が存続の危機にあったのは、世間がオカルトブームを忘れ去ったからでは無い。勿論、その影響も少なからず受けていたが、一番の原因はシダレヤナギにあった。

 超研は長年、シダレヤナギの幽霊を追ってきた。それはもはや伝統と言ってもいいほどであり、霊の実態を掴んだ事は無かったが、超研メンバーは其れを追い続ける事にある種の青春を感じていた。

 だが昨年、ヤナギの幽霊がいるかいないかで、堅物生徒会メンバーと超研の抗争が勃発する。血みどろの争いはひと月続いたが、結局、超研はヤナギの幽霊の存在証明が出来ず、生徒会に事実上の敗北を喫した。伝統ある部室は奪われ、上級生は退部。残った一年生は、花子と新九郎、そして、幽霊部員の田中太郎のみとなった。生徒会のお情けで残してもらった超研は、新部長の花子を筆頭に怠慢な日々を過ごしてきたのである。

 花子は幽霊を信じていた。おそらく旧校舎には、彷徨える多数の亡霊の怨念が渦巻いているだろうと日々考えていた。だが、シダレヤナギにはもう興味が無かった。

「ですが……」

 信長はモジモジと両指を捏ねていた。

 花子はそれを無視する。

「どうした、のぶくん? 何か他にあったのかい?」

 見かねた新九郎は、信長に優しく微笑んだ。

「いえ、ヤナギの幽霊を見たという証言を聞きまして……」

「ええ!?」

 花子は飛び上がった。漫画は宙を舞って新九郎の手に届く。

「な、何ですって!? 早くそれを報告しなさいよ! 何処の誰が戦前の女生徒の怨霊を見たって?」

「い、いえ、戦前の女生徒の怨霊かは知りませんが、最近ヤナギの幽霊を目撃したという人達が多数いるようで……」

「多数!? 多数の目撃情報があるのね!?」

「はい、何でも長い黒髪の女だとか……」

 戦前の女性って髪を伸ばしたりしたのかしら?

 花子は一瞬、疑問が頭に浮かんだが、もうこの際、それが戦前の幽霊じゃなくてもいいやと頬を強く叩いた。

「秀吉くん、良くやったわ!」

「信長です! ありがとうございます!」

「……いえ、まだ褒めるのは早急だったようね。取り敢えず、私を目撃者の元へ案内しなさい」

 花子はそう言うと、拳を握って骨を鳴らした。颯爽と長いスカートの裾を翻すと、理科室の外へと闊歩する。

 新九郎と信長は慌ててその後に続いた。

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