第38話 生薬の扱いは緊張する

「やってみます」

「失敗しても大丈夫ですよ。最後は僕がちゃんと確認しますから」

「そんなこと言っても、失敗しちゃ駄目ですよね。大丈夫です。失敗しないように頑張ります」

 失敗するとそれだけ薬局の損失になってしまう。生薬はすり潰したり砕いたりすると元に戻せないし、混ぜてしまってからミスがあったと解ると廃棄するしかない。普段の薬剤の置き間違い以上に大変なことだ。

桂花はぎゅっと握りこぶしを作ると、マスクを着け直して百味箪笥へと目を走らせた。そして必要な生薬を必要分取り出して行く。

 横では法明が他の三つの薬の準備を始めた。その手早い動きと正確な動きに惚れ惚れしてしまうが、今は自分の仕事に集中だ。

 使う物が揃ったら、今度は分量を量っていく。これには電子天秤を使うので、まずは水平器を確認するところからだ。そのチェックが終わったら今度はゼロ補正を行う。それが終わって初めて量ることが出来るのだ。

 そこから一つずつ必要な分量を慎重に量っていく。お茶として使用するので量が多い分、細かな分量調整がないのが助かるところだ。初心者に優しいからと任せてくれたのがよく解る。

「よしっと」

「大丈夫そうですね」

「ここまでは」

 が、問題はこれ、お茶としてちゃんと美味しいのか。そこが問題だ。前も法明と潤平が話題にしていたが、同じレシピを見ているからといって同じ味になるとは限らない。もしもとんでもない不味いお茶が出来上がっていたらどうしよう。そんな心配が頭をもたげる。

「大丈夫ですよ。これはさほど味に変化の出ないお茶ですので、後は煮出す時間を間違えなければ問題ありません。落合さんに試飲して頂く必要がありますから、一つ煮出してみてください」

「はい」

 法明の言葉を信じ、桂花はお茶を煮出すべくコンロのある休憩室へと向かった。しかし、休憩室のドアを開けようとすると

「まだ駄目よ」

 と、やんわり円に止められてしまった。

「で、でも」

「私がやっておくわ」

「ああ、そうでした。すっかり忘れていました。そちらではまだ篠原さんと弓弦が格闘していると思いますので、円にお任せしてください」

「は、はあ」

 二人が止めるので、桂花は仕方なく円にお茶の袋を手渡すことになる。それにしても、一体中で何をやっているのだろう。ドアの傍にいても音はしないのが、余計に気になってしまう。しかも円は入っても大丈夫だなんて。ひょっとして特殊な力がないのは桂花だけなのだろうか。

「すみません。僕もうっかりしていました。そちらはまだまだ時間が掛かるでしょうから、気にしないでください。では、緒方さん、調合の過程を見学していてくださいね」

 法明はそんな桂花を自分の横に呼び戻すと、すでに三つ分の生薬が並んだ台へと目を向けた。

「このままだと飲み難いので粉末状にしていきましょう。それから一回分ずつを薬包に包む。この作業ならば緒方さんも出来ますね。僕は蒸眼一方を煎じて煮詰めていきます」

「はい」

 こうして休憩室が気になるものの、薬づくりの手伝いに没頭することになる。ミスは許されない慎重な作業が続くおかげで、あれこれ気になることを頭の外へと追いやることが出来た。

「よしっ」

 最後の一包を作り終えると、いつの間にか円が休憩室でお茶を煮出し終えていた。そして、味のチェックをと、湯飲みを差し出される。

「あっ、美味しい。ソバ茶の香りもいいですね」

「じゃあ、大丈夫ね。落合さんにも試飲してもらってくるわ」

「お願いします」

 お茶を円に託し、桂花は出来た薬をそれぞれ大きな袋に入れていく。そして入れた薬品名と袋に書かれた薬品名が一致しているかを確認し、これで完了だ。

「薬師寺さん、チェックをお願いします」

「解りました。では、緒方さんはこちらのチェックをお願いします」

 お互いにチェックをし合い、間違いがないことが確認されたところで潤平の元へと向かった。丁度よく、潤平は試飲したお茶を飲んで満足そうな顔をしている。

「美味しい。これ、緒方が作ってくれたんだって。ありがとうな」

「う、うん。レシピは薬師寺さんが作ったから間違いないわよ」

 お礼を言われるとは思っていなかったので、桂花はドキッとしてしまった。しかし、そんなときめきも次の言葉で吹っ飛んでしまう。

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