第20話 五月病の経験アリ?

「こんな綺麗な絵、どうやって描いているんだろう」

 改めて見た潤平のイラストは青色が多用され、深い海の中のようだった。このイラストは人の心を大きく動かすと、桂花も素直に思った。

 そして、ここまでのイラストを描き上げられるようになるまで、一人で色々と悩んでいたことも、今回初めて知った。先生たちを説得し、自分の道をひた走ってきたかのようなイメージが覆されてしまい、ちょっと潤平を見直した一日になっていた。

「落合さんには後でお礼を送っておかないといけませんね。まさか今村さんにお茶を渡す前に帰ってしまうなんて」

 法明はスマホを置くとしみじみと言った。もう語ることはないとばかりに帰ったのだから、カッコイイ帰り方というべきか。いや、やっぱり照れ隠しかもしれない。

 昔からそうなのだ。潤平はそういう自分の努力を人に知られたくないと考えているところがあった。だからこそ、誰も潤平がプロ級のイラストを描けることを知らなかったのだ。完璧に出来るまでは知らせない。出来たらどんどん進んでいく。そんな男なのだ。

「格好つけたいだけですよ。でも、私もお礼をしたいので、イラストに役立つような京都らしいものを送っておきます」

「いいですね。何がいいか僕には解らないのでお任せします。経費で落としますから、領収書はちゃんともらってくださいね」

「解りました」

 こうして怒涛の四月が幕を閉じ、薬剤師としての一か月目が無事に終わった。

 その後、唯花は無事に作品が大賞を受賞したとの報告にやって来た。そして色々と知識を深めるためにも大学に進学することを決めたという。

 潤平に会うまではイラストをただただ描いていたい。それだけでいいと思っていたらしいが、それでは駄目だと思うようになったのだという。そして、大人になってもずっとイラストレーターとしても活動していきたいと、笑顔で確固たる未来のビジョンを語っていた。




 五月というのは厄介な季節なんだな。

 桂花はそれをこの年になって初めて痛感した。しかし、桂花自身が五月病に罹っているわけではない。罹っているのは薬局にやって来る患者たちだ。気鬱だ、頭が重い、気力の減退という訴えが多くなっていた。

「やっぱり連休を挟むと気分が下がりやすいんですかねえ」

「かもしれねえな。ただでさえ新年度になってあれこれとストレスに晒された後だ。そこで連休なんて過ごしたら、ああ、またあのストレス過多な環境に戻るのか、嫌だなと思うのは自然だよな。憂鬱になるのもよく解る」

 調剤室にて、薬歴簿を整理していた桂花のぼやきのような呟きに、意外にも処方箋の束を持って入って来た弓弦が同意してくれた。そして遠い目をしている。

 これは五月病の経験ありか。

「なんか意外ですね。いつも強気の月影先輩がそんなことをいうなんて、まさか五月病になったんですか。それっていつですか」

「捲し立てるように訊くなよ。失礼な奴だな。俺にだってそのくらいの経験はある。しかも薬学部時代にな」

「へ、へえ」

 意外だなと思うと、それが顔に出ていたのだろう。弓弦にじどっと睨まれてしまった。

「だって」

 桂花は睨んだってその見た目じゃあねと指摘する。すると、弓弦は盛大な溜め息を吐き出した。

「ええっと」

「あのな、ぶっちゃけて言うと、これでも昔は大人しめの真面目キャラを目指していたんだよ。ロン毛じゃなかったしピアスもしていなかった。でも、何だか自分に無理しているし、なんか薬学部に馴染めなくて色々と嫌になった時期があったんだよ。そこでキャラ変を思いついたんだ。そうだ、本来の自分を押し殺す必要はないって。このままじゃあストレスに押し潰されて終わりだってな。そこから今のこのスタイルに行きついたんだ」

「は、はあ。でも、それってはっちゃけた結果だったんですか」

 五月病を乗り切った結果が、今のこの長髪にパンクバンドでもやっていそうな服装というのはいかがなものだろうか。一体どんな大学生時代を過ごしていたのやら。

 ひょっとして真面目路線を目指し過ぎてイジメられていたとか。そこでこれが本来の俺だと見せつけるためにこの格好を採用したのだろうか。

 それにしても、真面目にやろうとしていた時期があったというのが不思議だ。昔からそういうスタイルだったのならば、無理に大学に入った段階で真面目になる必要なんてなさそうなのに。

 確かに薬剤師というのはお堅い仕事かもしれないが、スタイルから入る必要はないと思う。薬剤師になればそれなりにきっちりしたスタイルを求められるだろうが、学生の段階ではそれほど注意はされないはずだ。

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