第11話 頼りにされる薬剤師

「おはようございます。急に寒くなって困りますねえ。四月なのに寒の戻りって、困ったものですよ。って、どうしたんですか」

 そこに円が出勤してきて、休憩室を挟んで固まる三人に首を傾げた。

 確かに不思議な構図だ。しかも普段言い合っている桂花と弓弦が並んでいるだけでも不思議だろう。

「何でもねえよ。さっ、仕事だな」

「ええ。そうですね。仕事しましょう」

 言い合いをしていた二人が結託したことにより、騒がしい朝はこうしてあっさりと始業モードへと切り替わった。法明と円が後ろで首を傾げていることは解ったが、藪蛇にならないようにさっさと動き出す。

 そしてまたバタバタとした一日が始まる。今日はやはり寒くなったせいか、風邪の諸症状を示す人が多く訪れた。発熱や咳、鼻水といった訴えが多い。その対応に追われている間にあっという間に午前の営業時間が過ぎて行った。




「疲れたあ」

「いきなり冬のように寒くなったせいか、今日はまた多かったですね。みんな油断して薄着をしちゃったんでしょうか」

「そうだな。昼間暖かいとどうしてもコートを忘れて夜が寒いってことがあるもんな。それに昨日、あの男が来たしな。やっぱり厄介事が起こってるんだろ」

「まあまあ。春らしいじゃないですか。それに篠原さんは関係ないですよ。ちょっと注意してほしいことがあるって言いに来ただけですし」

 今日もお昼を食べる時間が少し遅くなったので、休憩室ではそんな会話が展開される。患者が多いと大変なのだが、そこでさらっと陽明のせいにする弓弦の発言はどうなのか。

 桂花は首を捻ったが、この件に関しては三人揃ってそれ以上は口にしない。法明が窘めたせいもあるだろうが、まるで口にしたら禍が来るかのようなレベルで、話題にするくせにそれ以上は喋らないのだ。

 今日も率先して話題にした弓弦も、すぐに本日のカップ麺である背脂こってり豚骨ラーメンを啜っている。

「そうそう。今日は昼から保険外の調剤が入ってましたね。四月に入ってから初めてじゃないですか」

 そして円が話題をそう転換してしまったことで、陽明の話題はそれ以上発展することなく流れてしまった。それに話題となっている保険外の調剤には四月になってから初めてとあって、桂花も初体験だ。今から何をどうやるのか気になっていた。

「そうですね。緒方さんには基本的な部分から一度説明が必要ですね。実はここではオーダーメイドの調合をしていまして、その人の体調に合わせてうちであれこれ調剤することは多いんです。ただ、毎年四月の初めのうちは皆さん、生活環境が変わってすぐだからか、漢方の調剤の依頼にはいらっしゃらないんですよね。漢方薬は慢性的な体調の不調に用いることが多いですから、余計にでしょうね。でも、そろそろ生活も落ち着いてくるでしょうから、依頼が増えるでしょうね。今回は近所の病院からの紹介ですよ。しかもしっかり問診してほしいとのことでした」

「凄いですね。でも、それって漢方医のお仕事ですよね。薬剤師の領分を越えませんか」

「ええ、もちろん総てを行うと法律違反です。ですので、ある程度の部分はお医者さんの指示ですよ。ただ、最後の微調整をうちが任されているって感じでしょうか」

「へえ」

 最近では漢方薬を扱うことが多くなった医学界だが、まだまだ扱いに慣れた人は少ない。そこで、こうやって漢方を中心にやっている薬局の薬剤師を頼りにすることが多いのだという。特に法明は的確な判断を下せると、京都府内の医者の間では評判だそうだ。

「それで普段も多いんですね、患者さん」

 いくら調剤薬局の七割が個人経営の薬局とはいえ、この蓮華薬師堂薬局の患者は非常に多い。それこそ、大手のチェーン展開している薬局のようだ。

 その理由が、病院公認の頼りになる漢方薬局だからということか。ただ単に扱っている漢方の種類が豊富だからという理由だけではなかったらしい。桂花はますます大変なところに就職してしまったものだと、もっと勉強しなければと身が引き締まる。

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