第4話 疫病神登場

「ううむ」

「そうそう。緒方さんってこの近所にある光琳寺のお孫さんだったのよね」

 悩む桂花に対し、明らかに無理やりな話題転換を試みる円だ。しかし、円が言っていることは事実なので頷くしかない。

「ええ、そうです。祖父が光琳寺の住職を務めてますよ」

「おや、そうだったんですね。まさかそんなご近所さんだったとは、これもご縁でしょうか」

「ああ、そうかもしれませんね。私も祖父の家に行く時にこの薬局を見つけましたから。でも、私自身は東京生まれの東京育ちですし、大学も東京だったんですけどね。それでも、昔から大好きだった京都で薬剤師をするのもいいかなって。ああ、もちろん一人暮らしでお寺には住んでいないですよ。さすがにお寺での生活は、朝が早くて私には無理で」

 思わず言い訳するように言葉を重ねてしまうのは、本当は昔、あの憧れの人に出会ったのが、その祖父の家に遊びに来ていた時だったせいだ。

 つまりあの出会いが京都だったから薬剤師になるのも京都にしようという動機だったのだが、さすがにそれは語れない。確認したい気持ちもあるが、まだ職場に慣れるのに精いっぱいな今は言いたくなかった。

 ちなみに祖父がいるからか、京都の薬局に就職したいと言った時、両親はそれほど理由も聞いて来ず、またここへの就職に反対しなかった。

「なるほどねえ。こうなるとますます」

 しかし、なぜか弓弦が意味深に笑ってくる。さっきから一体何なんだ。ただでさえ不良高校生のような薬剤師のくせに、何を企んでいるのやら。だから、桂花は思わず睨み返してしまった。しかし、今回は喧嘩に発展せずにすぐに終わりを告げることになる。

「ああ、噂をすればやっぱり、ですね」

「えっ」

 別に来客を告げるベルが鳴ったわけでもないのに、法明が困った顔をして表の調剤薬局の方へと出て行く。特に物音もしなかったというのに、誰かが来たのを察知したらしい。そして当然のように弓弦が続き、仕方ないわねと円も続いた。それに一体何かしらと桂花もくっ付いて出てしまう。だって、三人揃って、いや弓弦はどちらか解らないものの嫌っている人だなんて、気になりすぎる。

「よう、皆さんお揃いで」

 その人物はどうやら若い男性のようだ。桂花は一体どんな奴だと、思わず弓弦の背後に隠れてこそこそと覗いてしまう。

 しかし、その謎の人物は血色のいい顔をした男性で、ぞろぞろと出てきた薬剤師たちに、にやっとニヒルな笑みを浮かべて見せた。髪は無造作ヘアで今時の若者らしい顔立ちで清潔感があり、ぴしっとスーツを着ていて、爽やかな見た目に合わない笑みが印象的だ。

 年齢は二十代後半くらいだろうか。桂花と同い年か弓弦たちと同い年というところのように見える。そして、その姿だけ見るとMR、製薬会社の医療情報担当者かと思ってしまう。

「やっぱりだよ」

 弓弦が嫌そうに顔を顰めた。ということは、やはり先ほどの話題の人がこの人で間違いないらしい。そして、やはり弓弦も嫌いなようだ。

「えっと、この人が疫病神ですか」

 しかし、製薬会社からやって来たかのような人が厄介者扱いなのはどうしてだろう。そんなに嫌われるような雰囲気は持っていないし、まだまだ漢方薬は素人の桂花が見ても虚弱体質には見えなかった。

「おや、そちらのお嬢さんは見慣れない顔ですね。これは珍しい。新人さんですか。それも普通の人間のようですね。薬師寺、新しく、それも普通の人間を雇うなんてどういう風の吹き回しですか。また怒られても知りませんよ」

「――」

 何だか日本語がおかしい。桂花はニヒルな笑みを浮かべるこの男がヤバい人だと認定し、再びこそっと弓弦の背中に隠れた。

「おいっ、何で薬師寺じゃなくて俺の後ろなんだよ」

「えっ。いざという時に盾として使えそうだから」

「てめえな。先輩を敬え。そして盾にしようとするな。まあ、こいつはこういう奴だよ。気にすんな」

「どっちに対する言葉よ、それ」

 弓弦と桂花の会話を、ちょっとおかしなその人はくすくすと笑って見守っている。どうやら日本語は奇妙だが、根本からおかしい人ではないらしい。桂花がほっとする様子を、法明はちょっと困った顔で見ていたが

「それで篠原さん。また何か問題でも」

 と、話題をスーツの男へと戻した。するとこちらも法明に向かい合うと、改めてにやりと笑った。

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