夏が燻る ~ 源宛(みなもとのあつる)と平良文(たいらのよしふみ)と合戰(あひたたか)ふ語 ―「今昔物語集巻二十五第三」より― ~

四谷軒

01 燻(くすぶ)る

 最初は――郎等ろうとう同士の争いだったという。


 平安時代。

 中期。

 武蔵野。

 夏。

 荒川をはさみ、隣り合う地を領するつわもの、二人。

 一人は、箕田みだ源宛みなもとのあつる

 一人は、村岡の平良文たいらのよしふみ

 領土を接する者の常として、あるいは水を争い、あるいは収穫の多寡を競い、次第に次第に、源宛みなもとのあつる平良文たいらのよしふみの互いの郎等は、そのいがみ合いの火種を燻ぶらせていた。


 ある日。

 夕顔に水を上げている老人、平良文たいらのよしふみに、郎等がやって来た。

良文よしふみさま、良文よしふみさま」

「何じゃ」

 良文よしふみは振り向かずに郎等の話をうながす。隣地との下らぬ争いの話など、聞きたくないという気持ちの顕れであった。

の箕田の源宛みなもとのあつるとやら、良文よしふみさまに対して、下らぬ悪口を」

 良文よしふみ歎息たんそくした。どうせ言いたいことは分かっている。老境に入ったこの身でも逃れられぬ、武芸自慢。あるいは相手へのこき下ろしであろう、と。

 幼き頃は、弟の良正よしまさが突っかかってきた。成人して後は、甥の将門まさかどの武芸がひいでていたおかげで、はそちらへ移ったが、それでも何かにつけてをつけてくることは変わらない。

 それに嫌気が差しての、この村岡への隠棲であったが、それでもこうして、人と人との争いが起き、巻き込まれる。

「……彼奴きゃつめが、さきの鎮守府将軍たる良文さまを差し置いて、己が上だ、と」

 そら来た。

 同時に、夕顔にく水が尽きたため、良文よしふみは仕方なく振り向いた。

 結局は郎等同士のつまらぬ争いにる。

 水だの取れ高だの、燻ぶらせているのは郎等だ。

 その郎等同士で、埒が明かないからこそ、こうしてお互いの棟梁である、源宛みなもとのあつる平良文たいらのよしふみを出そうとしているのでは。

「言わせておけば良いではないか。源宛みなもとのあつるどのが何か言うと、わしの武芸がどうかするのか」

「いえ……」

 郎等は口ごもる。

 その沈黙は、だが、新たな郎等の登場によって中断される。

「良文さま!」

「何じゃ」

源宛みなもとのあつる、手勢を率いてこちらへ向かっているそうです!」

「何と」

 隣地の領主、源宛みなもとのあつるが如何なる人物かは知らない。

 若い武士だという。

 まだ二十になるか、ならないかと聞く。

「この機をもって、わしを討ち、村岡をる気か。あるいは」

 この良文よしふみと同じく、郎等に押され、そして押さえられなかったか。

「それならば、まだ道はある……」

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