Legend1,『Fight!②』

 わ、私がいちばん先輩なんだから、先んじて何か言わなきゃいけない感じだよね。


 なんて言ったらいいかな。まずは挨拶かな。初めまして?

 いっつも困るんだよなぁ、バーチャル配信者同士の初対面の時って。だってさ、おおよそ配信ではコラボして一緒に楽しく笑って過ごしてるわけじゃん?オフで会うまでにさ。


 初めましてって、なんだかおかしいような気がしちゃうんだよね。


「……あ、あのぉ……、は、はじめ…………」


「――――……、――――――――」


 吹けば消えてしまいそうな私の挨拶は、ヤーナの怒ったようなネジャンナ語にかき消されてしまった。

 言われたユリたんの表情が変わる。


「――――――――!」


 両手を握って胸の位置まで上げながら、ユリたんは叫ぶように言い放った。もちろん、私には何を言っているか分からないのだけれど、二人とも感情的になっているのは嫌が応にも分かった。


「――――……」


「――――――――――!」


 ただ、二人の仲違いの原因は私なのに、二人が私の存在を忘れて言い合っているのが、とても悲しかった。


 あれ。

 そんなつもりなんか1ミリもなかったのに。

 なんか泣けてきたんだけど。


 最初に気が付いたのはユリたんだった。ヤーナは私に背中を向けていたから。


 はっとした表情。ヤーナに一言かけると、ヤーナも私を振り返った。


「せ、センパイ…………」


 狼狽している。ヤーナも、ユリたんも。デッカく漢字で感謝と胸に書かれた緑のTシャツに、黒ジャージというラフな姿のユリたんが、慌てた様子で私に近寄ってきた。リノリウムの床がコツコツコツと速い音を立てる。


「どうシテ泣くデスかー、せんぱぁいっ!」


 そりゃ泣くよ。私のせいで、こうなっちゃったんだもん。私のせいで、二人はケンカしちゃったんだもん。


「私の……、んぐっ……私が…………ひくっ、わ、わたし………」


 二人に会ったら、言いたいことがたくさんあった。ただ、謝りたかった。でもいざ二人を目の前にしたら、感情ばかりが昂って、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃって。どうしてもヤーナとユリたんには仲良くしてほしくて。でも、それが叶うことのない願いに思えて、また悲しくなっちゃう。

 そんなことばかり頭を巡って、私はただ、子どもみたいに泣くことしかできなかった。


 急に。


 強い力で引き寄せられた。近寄って来てくれていたユリたんが立ち止まる。

 ヤーナが私を、ユリたんから守るかのように抱き寄せていた。

 ふわ、と彼女の香水の匂い。


「むむセンパイは悪くナい」


 ちょっとだけ驚いた。おそるおそる顔を上げる。

 優しい表情を期待していたんだけど、ヤーナは私に腕を回したまま、ユリたんを睨みつけていた。


 まるで言外に、貴女が悪い、とでも言うかのように。


「……ッ」


 私に向かって伸ばしていたユリたんの手は空を切って、ヤーナの視線に負けてしまったかのように静かに降ろされた。


 なんて悲しいのだろう。

 どうして、二人は仲良くできないんだろう。


 視界が滲んで、ぼやけていく。


 はあ、と諦めたような音が事務所に響いた。

 ユリたんだった。


「センパイ、すみません。今はケンカしてる場合じゃないデシた。ジムショのみんなは逃げマシた。ヤーナと一緒に、エンバシィ……ニホン大使館に向かってください」


 声は震えていた。私は涙で前が見えないから、ユリたんの様子は分からなかった。


「ユリたんも一緒に……」


「私は……、一人でも大丈夫デス」


 震える声で響く言葉。すべてを諦めたかのような言葉。


 私を、ヤーナを、拒絶するような言葉だった。


 チッ、と耳元で舌打ちが聞こえた。ライブ配信なんかでは、投げキッス、なんて呼ばれる音だ。


「――――――――!――――――ッ!!」


 続けて、感情を隠さないヤーナのネジャンナ語がユリたんへ向かう。


「――――……、―――――!」


「―――――――!」


「――――……」


「――――。―――――――……?」


「――――」


 泣きそうな、いや、途中から泣き出してしまったユリたんに、容赦なくヤーナは強そうな言葉を投げ続けた。ユリたんが最後に、首を縦に振る。


 遠くで、さっき乗ったエレベーターの音が聞こえた気がした。


 今度はヤーナがため息を吐いてから、


「センパイ、シカタがないのでユリィと一緒にタイシカンへ向かいまス。いいですカ?」


 と、私を自分の身体から引き離しながら言った。


 私はすぐさま泣いているユリたんの顔を見つめる。


 手で無造作に涙を拭きながら、ユリたんはコクン、とひとつ頭を動かした。


「ヤーナ、いまどんな会話をし……」


「聞かナイで下さイ。ユリィと仲ヨくスルつもりはアリませン」


「え……」


 ぷいっ、と音でもなりそうなくらいに、それっきりヤーナは事務所の入口へと恥ずかしそうに踵を返した。頬を紅く染めながら。


「センパイも大事……、わ、私も大事って……、センパイも、好きな子も、どっちも失いたくないって…………」


 涙声が後ろから私の背中を押した。ユリたんの表情は見えなかった。好きな子ってどういうことだろうか。


 ……………………?


 え?二人ってそういう関係だったの?


 …………マジ?


 なんて、軽い衝撃を受けた直後だった。


「――――――!」


 ヤーナの鋭い叫び声が響く。

 瞬間、ガシャン、と扉が割れて、割れた場所から何か小さくて黒い塊が飛び込んできた。


 それを中心に、事務所が白い煙に包まれる。


 一瞬の出来事。


 もはや誰のとも分からない叫び。


 失われた視界の中で、混乱する私は頭に衝撃を受け、床に倒れこんだ。

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