第9話 母の手紙

「母が・・・私を愛してくれていたのはとてもよく分かっています。ですが、王都に寄った時に知り合った人に、私の着けている指輪に呪いがかかっていると言われました。それは、母が私の守護に身に着けさせてくれた指輪です。そのことがどうしても気になって、ミケーネス伯にもみてもらえればと思いました」


「どれ、ああ、本当だ。確かに呪いだ。だが、それだけじゃなく・・・この指輪が君を守護しているのも間違いない。とても複雑な術式が組み込まれているね」


 私が差し出した左手を暫く観察して、彼はそう言った。


 ミケーネス伯の左目に魔法陣のような形が浮き上がり青く光って見えた。彼には何かしら私には分からない魔力が見えるようだ。


「あの、私には呪いというものがよく分からないです」


「そうだね・・・守護も過ぎれば呪いと変わらないかもしれないが、この指輪にある呪いと守護は別物で、大変高度な魔法が使われているようだ。間違いなくゼフレールの施したものだ。この指輪をこのままずっと身に着けているのは良くない。外した方が良い」


「やはりそうなんですね。でもどんな呪いなんでしょうか?何のための?私はそれが知りたいのです」


「この指輪は君のマナを奪っている。君の本来の魔力はもっと強いはずだ」


「私のマナを奪う?・・・この指輪を外せば、私は魔力が強くなり魔女になれるという事ですか?」


 意味が分からない。どういう事だろう。


「いや・・・それは違う。君は魔女ではないから」


「それは・・・そう、そうでした」


 魔女は赤い髪に緑の瞳をして生まれる。だから私は違ったのだ。


 黙り込んでしまった私を導くように、彼は私にそっと声をかけてくれた。


「まず、君は彼女からの手紙を読んでみたらどうだろうか?ゼフレールが何を考えどうしようとしていたのか、君は彼女の言葉で知る必要があるだろう。手紙を読んだあと君の助けになれることがあれば、私が相談に乗ろう」


 もしかすると、彼は何かを知っているのではないだろうか?そんな気がした。


 彼から分厚い封筒を渡される。赤い封蝋のされた茶色の封筒には棘草の模様が型押しされている。


「ありがとうございます。じゃあ失礼して、寝室の方で読ませていただきます」


「そうしなさい。それと、箒は君の部屋に届けてあるから後で確認してくれるかい?」


「はい、分かりました」


 私は部屋に戻ると、シャワーを浴びて着替えた。ヨーイは、アド・ファルルカがメンテナンスに診てくれるというので頼んだ。母程ではないが、自動人形にも詳しいとの事だったからだ。


 ヨーイも傍にいない夜、母からの手紙を開いた。



 +++++



 この手紙をあなたが読んでいるという事は、私はこの世にいないのでしょう。


 生涯の友であるアド・ファルルカにこれを託しました。


 彼には酷な頼み事をしてしまい申し訳なく思います。


 何故、手紙を他人に託したのかというと、貴方の成人の日に私が懸けた魔法が解けるようにしているからです。


 戦争が長引いたり、私がこの世界から消えてしまった場合の事を考えました。


 もし、魔法が解けた時に私がいなければ、あなたは何が起こったのか分からずに自分自身が何者なのかを迷う事になるでしょう。それを避けたかったのです。もしもの保険に彼に託しました。


 信頼している彼の手ずからあなたに渡してもらう事を望みました。



 あなたの運命を歪めた私の存在はゆるされることではありません。この手紙をあなたが読んでいるということは何かが起こって私が消滅したことでしょう。だとしてもそれは私自身の選んできた結果です。誰のせいでもありません。


 まずは、あなたに真実を伝え懺悔します。


 私はあなたの本当の母親ではありません。


 生まれたばかりのあなたを浚い、あなたからも母親を奪ってしまいました。これは許されないことです。


 亡くしてしまった自分の子供の代わりに報復としてあなたをブラノア伯爵夫婦から奪ったのです。


 どうしてそんな事をしてしまったのか、今となっては頭がおかしくなっていたとしか思えません。

 

 私は怒りに支配されて自分を失っていました。

 


 そうして傍に置いた幼いあなたに真実と嘘を混ぜて教え、自分に都合の良いように育てました。


 ただ、どうしようもなく、あなたが愛おしくてたまらず、返す事などできなかった。



 あなたの父親はレンドル・レク・ブラノア伯爵です。爵位を持つ前に、彼は私と結婚を約束していました。だけど彼は亡くなった自分の兄の代わりに伯爵家を継ぐと決めて、いとも簡単に私を捨てて貴族の女性と結婚しました。


 そして生まれたのがあなたです。



 私は彼との間に授かった子供を、裏切られた事で流産してしまったのです。許せませんでした。


 そのことを彼自身は知らなかったけれど。知ったとしてもどうなのだろう。何も変わらない。




    +++++




 私は食い入るようにここまで母の手紙を読んでいたけど、ふと違和感に眉をひそめた。なぜなら辻褄が合わないのだ。


 ――――ブラノア伯爵家の娘が私だというのなら、王都にいる私そっくりの彼女は誰だというのだろう?


 だって母の子供は亡くなっているのでしょう?そこにいる彼女は誰だというのだろう?


 


 


 

 


 

 


 


 






 


 

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