第52話 記憶画像

「なんだよ」



もう一度そう言い、振り返る東夜。そして、二人と全く同じ表情で固まってしまった。



その目の前にあったのは、大きな病院だった。東夜達は二、三歩後ずさりし、マジマジとその病院を見上げた。



辺りが暗いのでどのような病院なのかもわからなかったが、そこに存在する事は事実のようだった。



「どうして……」



呟くが、後が続かない。



何よりここにこんな大きな病院があるのに、歩いていて全くそれに気づかなかったのだ。



そして、次の瞬間、病院の二階の隅に明かりが灯ったのだ。



「うわっ!」



思わず声を上げ、逃げ腰になる三人。



すると、その灯りが合図だったかのように次々に部屋の明かりがつき、辺りがパァッと明るくなる。



病院の中から話し声が聞こえ、人影までが現れる。



「嘘だろ」



東夜は背中に冷や汗が伝うのが分かった。



「見ろよ!」



孝が声を上げ、病院に向けて指をさす。



その指の先を目で辿って行くと、建物の一番上に刻まれた十字の下に、病院の名前が書かれているのが分かった。



「清水病院……」



東夜と茂が同時に呟いた。



清水病院はこの街の駅前に建てられている病院だった、数年前までの話だが……。



その清水病院は不祥事が相次ぎ、ついにつぶれてしまったのだ。



今は取り壊され、空き地になっている。東夜は、そう記憶していた。



「気持ちわりぃ、行こうぜ」



軽く身震いをして、茂がそう言った。



「でも、なんで中に人がいるんだ?」



孝の言葉に「見りゃわかるだろ! でたんだよ!」と東夜。



三人はその病院を振り返る事なく、早足に歩き始めた。



走ろうとしても、足場が悪くて走れないのだ。



噂で"出る″と言うのは、やっぱりあの病院の事だろうか?



でも、なぜこんな所に潰れた清水病院が?



この森と清水病院と何か関係があるのだろうか。



東夜は様々な事を考えながら、懐中電灯の明かりだけど頼りに歩いていた。



歩いて、歩いて、歩いて……。



「おい、いつまで歩くんだよ」



痺れを切らしたように孝が言った。



時計を見ると罰ゲームが終わる時間の三時が過ぎている。



でも、森の出口は見つからず、空を見上げても未だに真っ暗で何も見えない。



それ所か鳥の声さえ聞こえてこない。



「出口はどこだよ」



東夜も、焦ったように辺りを見回す。



けれど、360度すべて同じ森。



その時、茂が二・三歩後ずさりし「嘘だろ」と荒い息を吐きながら呟く。



「どうした?」



そう聞き返し、東夜と孝も言葉を失った。



目の前には、大きな清水病院が建っていたのだ。



先ほどと同じように灯りがついていて、人影も見える。



だけど、確かに自分たちはこの病院を逆に進んでいたハズだ。



東夜は慌てて、近くの一番大きな木にライトをあてた。



この病院から歩き出す時に印をつけていたのだ。



「まさか……」



その木の後ろに回ると、そこには東夜が刻んだ十字の印。



「どうなってんだよ」



孝が眉を寄せ、東夜に聞く。



「わかんねぇよ。……でも、ここに一周して戻ってきてる」




「バカ言うなよ。真っ直ぐ歩いててどうやって戻ってくるんだよ」



イライラしたような茂の口調。



そして、茂は再び歩き出した。



大股に足を広げて、ポケットに両手を突っ込む。



「待てよ」



孝が茂にそう言うが、茂は振り返りもせずに歩く。



孝は一つ息をつき、その後を追った。



しかし、東夜はその病院を見上げたまま動かない。



「おい、行くぞ」



孝が立ち止まり、東夜の腕を掴む。しかし、東夜はそれを振り払った。



「悪い、先に行っててくれ」



そう言うと、東夜はその病院へ向けて歩き出した。



「おい!」



引きとめようとする孝に、「ほっとけよ」と茂。



「けどっ……」



孝は逆方向へ歩き始める茂と東夜を交互に見て、軽く舌打すると慌てて茂の後を追った。



東夜はある事を思っていた。



どんな形であれ、清水病院が今ここにあるのなら、あいつがまだ生きているかもしれない。



そう思うと、恐怖よりも先に取り合えず確認したい気持ちで一杯になる。




建物に近づいてみると、病院はあの頃のまま全く姿を変えずに建っている事が、あらためてわかった。



東夜は数回しか来た事がなかったが、それでも外観だけはよく覚えていた。




外観だけはよく覚えている、と言っても当たり前の事だった。



中に入った事は一度もないのだから。いつもここまで来ては、病院内へ入る事なく帰ってしまっていた。



そのため、東夜の記憶の中の清水病院はこの外観のみ。




あいつに、どうやって顔を見せればいいのか分からなくて、いつもあいつの好きなマンガやお菓子などを買ってきては、看護婦に渡してもらうように頼んだものだ。

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