第50話 その時

私は、思わずそう聞き返していた。



「もちろん。私の言う通りにしていればね」



大きな占い師の目が私の体をなめ回すように見つめた。



その薬が本当なのかどうか、いまだにわからないが確かに私は生きていた。



たった一つの薬だけで、以前とかわらぬ生活が出来る。



けれど、自分の心臓が動いていないと気づいたのは、それからすぐの事だった。



母親に言わなければ、咄嗟にそう思ったが、私はふと気づいた。



私、死んでるんだ。



死んでるのに動いてる……。



これが、占い師の言っていた薬の効果だとしたら?



そう思うと背筋が凍る思いだった。



自分の止まっている心臓に手を当てて、ゆっくり口の中で薬を転がす。



本当に死んでるんだ。



と確信したのは、珍しく母親が連れて行った病院での事だった。



薬を飲んでいるのに元気がなくておかしいからと、私を検査に連れて行った。



けれど、それは検査ところではなかった。



最初、体に聴診器を当てられた時点で心音がなく、医者はパニックになった。



こんなことがあるハズがないと、医者が自分の耳を私の胸に押し付けてきたほどだ。




けれど、死んでいることは事実だった。




母親はすぐに占い師の元へ私を連れて行ったが、その時すでに占い師はどこかへ姿をくらましていた。



そして……。



暗い部屋の中、私は膝を抱えてうずくまっていた。




目の間からウジ虫が出入りする感覚を覚えながら、私はそっと瞳を閉じた……。



その時、突然ドアが開き、眩しい光が私を照らし出した。



目を開けると、そこには母親の姿。



両手には大量の袋を持っていて、激しく息を切らしている。



「もう大丈夫よ! 死ななくてすむの」



そう言いながら、私にかけよる母親。



私は心の中で眉をよせる。



顔の筋肉も、今ではすでに使い物にならなくなっていたから。



「ようやくあの占い師に会えたの! それで、今までの倍薬を飲めば大丈夫だって言うのよ!」



興奮気味に言いながら、ガサガサと袋の中をかき回す。



その時、私の左目がドロッと外に飛びでて、ぽっかり明いた穴にハエが止まった。



「さぁ、飲んで」




母親はそう言い、あの黄色く甘い薬を片手一杯に持って、私の口を開けた。




口の中に充満するウジ虫をかき出すと、その中に無理矢理薬を押し込んだ。



その瞬間、牛乳を流し込まれた時の映像が頭の中に蘇る。



口に入れられた薬は何の味もしなくて、私は舌を虫に食われたのだと気づいた。



しかし、その薬が一個私の体内へ入った時、私は自分の生命力を感じ取った。



「早く、全部飲むのよ」



グイグイと喉の奥まで押し込む母親に、私は抵抗できない。



薬が一つ、また一つ体の中に入る度、細胞の一つ一つが蘇る。



いや! もう死なせて! 生きてたくないのよ、見えないの? 私はこんなにも腐ってるのよ!



叫びたくても声が出なくて、ひたすら涙を流し続ける。



薬が全部体内へ入った後、母親は満足そうに私を見つめていた。



舌がないので声はでないが、体は以前と同じように動く。



それを確認すると、私はカッと目を見開き、台所へ走った。



まだ生き続けるなんて、絶対にいや!



私は自分の首に包丁を押し付けた。



「何してるの!」



飛んでくる母親。



私は母親が自分に迫ってくるのを、まるでスローモーションのように見つめていた。



走ってきて私の体にしがみつく母親。



それを受け止め、強く抱きしめる私。



そして、母親の胸に突き刺さった包丁。



大きく目を見開く母親がこちらをみていて、私は軽く微笑んだ。



母親の体を床に置くと、私もその隣に座り込む。



ゆっくりと母親の頭を撫でてやりながら、私たちは目を閉じた……。



END

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