第10話 ハンド

☆ ☆ ☆ ☆



場面は桜の河川敷から、今ここにある古い電車の中へと移り変わった。



私と、祐樹と恭子。そして、はじめての電車に乗って大喜びする真美。



「真美、これは本当の電車じゃないんだよ。今度、本物の電車に乗ろうな」



祐樹が、娘に無理矢理笑みを作ってそう話しかけた。



なぜ、ここを話し合いの場所に選んだのか、私は覚えていない。



ただ、気が付けばここへ二人を導いていたのだ。



……いや、話し合いなど、最初からする気はなかったのかもしれない。



「こんなつもりじゃなかったの」



今度は、恭子が私に言い訳をはじめた。



私は、泣きながら訴える恭子の姿に悲しくなる。



自分の一番の親友だった人が、こんなにも情けないなんて知らなかった。




私が行けなかった高校へ通いながら、人の旦那まで寝取り、そして今は私の許しが出るまで謝るつもりでいる。




「いいのよ、恭子」



私はそんな親友を見ていたくなくて、恭子の体を優しく抱き締めた。



一瞬、恭子の体が強張り、私が何もしないと知ると簡単に力を抜いた。



「恭子、あなた私の旦那と本当に寝たの?」



「……まだよ」



恐怖からひきつった顔のまま、首をふる。



その言葉に、私は



「そうでしょうね」



と頷く。



今、私の五感と直感はフル活動して、敏感になっている。



今なら超能力でも使えそうなほど、すべてのことを見透かすことができた。



「それはかわいそうだわ」



「え?」



「男を知らないなんて、可愛そうだと言ったのよ。ねぇ、あなた?」



振り向く私に、祐樹が



「どういう意味だ」



と聞く。



「抱いてあげなさいよ」



「夏海、何言ってるんだ?」



「男を教えてあげなさいよ。さぁ、早く」



私に背中を押されて、祐樹はバランスを崩しそうになる。



信じられないことを言い出す自分の妻に、祐樹はただ眼を丸くし、私と恭子を交互に見つめる。



何もしようとしない祐樹に、私は強く命令した。



「今、ここで」



苦しいほどの重い雰囲気に耐え切れなくなって、恭子が泣き出した。



そんな恭子の服を、祐樹が震える手で脱がしていく。



拒否することができた?



いいえ。



だって私の手には果物ナイフが握られていて、それの先端は我が子へと向けられていたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る