18.洗礼


 石扉の中は、天井の高い、だだ広い空間が広がっていた。壁にそって、大型のテントが並んでいる。王国の紋章が入っているところを見ると、ここは王国軍が管理をしているようだ。

 黴臭い匂いが少し和らぎ、呼吸がしやすかった。ほっと息を吐いた。


「迷宮内広場か……となると、呼び方は内広場か?」


 エンショウがそんな軽口を言った時、ちょうどテントのうちの一つから四人連れのパーティーが現れ、石扉へ向かってきた。入ってきたばかりの一同は横へ退き、場所を開ける。

 見たことが無い防具に、武器だ。きっと、二層、三層まで降りているようなパーティーなのだろう。視界の端で眺めていると、先頭を歩いていた坊主の男が足を止めた。

 兎口である。服装や体格から見るに、戦士だろうか。面倒見の良さそうな雰囲気のある、三十ばかりの男だった。


「よぉ、新人か?」

「あ、はい。新人です」


 よそ見をして突っ立っている隊長のウミの代わりに、カノウが返事をする。

「あ、バカ」とエンショウが小さくため息をついた。


「こないだのでかい登録会で冒険者になったんか? ん? うちの弟分もそこで冒険者になった口でな」

「ああ、そうです。弟さん、私たちと同期ですね」

「そうかぁ。じゃあお前らも鏡拾いに来たんか。ん?」

「鏡?」

「とぼけんなよ、今更だろ。集めたら英雄だもんな。なあ?」


 なんのことだか分からずカノウは小首を傾げる。


「えっと、鏡ってなんの事ですか」

「本気で知らんのか。ん? 鏡っていやそりゃ───」

「おい」


 鋭い語気で男の言葉を遮ったのはエンショウだった。

 驚いて振り向くと、エンショウの右手が、何かを掴んでいる。細い、腕だ。

 暗闇から、ハナコの鞄へ伸ばされた手をエンショウが掴んで止めている。直後、腕はぐるりと反転しエンショウの手を振り払う。そして暗闇へと引っ込むと、入れ違いに黒い小刀がエンショウの喉元目掛けて突き出された。

 咄嗟にヨミチが暗闇に向けて盾を構えて体当たりして、影に潜んだ何者かを小刀ごと弾き飛ばした。


「やあ、いい反応だな」


 兎口の男が、腰にさした剣へと手をやった。残りの三人の仲間たちは動かない。だが、それぞれがこちらへ殺気立った視線を向けてくる。


「ウミ、どうする」


 カノウが、ヨミチと二人でハナコを後ろへ庇って立ちながらウミへ耳打ちをする。

 ウミは平然とした顔で鼻を鳴らした。


「ハッタリだ。後ろの連中、戦えねェな?」

「ほう?」


 兎口の男は心外だとばかりに目を見開く。


「後ろの三人は冒険者偽装のただの荷物持ちだ。声をかける役と、その間に荷を掠める役の二人組だろ」


 エンショウが、背負っていたボウガンを構えながら言う。


「お前らは、新人狙いの迷宮盗賊だ」

「なんだ、正解だ。ん? 新人、いいな」


 パッと男がカノウ目掛けて踏み込んできた。剣を振り下ろす。カノウは盾でそれを防ぐ。が、予想以上の力に体勢を崩した。その隙に、足を払われる。


「カノウ!」


 全員の視線が倒れ込むカノウに移ったその瞬間、男は石扉の向こうへ駆け出し闇へと消えていった。荷物持ちと指摘された面々も慌ててバタバタと追いかけていく。暗闇の一人も相変わらず姿は見えないが、恐らくもう居ないのだろう。


「…ありがとう」


 辺りが静かになり、警戒を解いたところでハナコが、鞄をぎゅぅと握り締めながら礼を口にした。


「いやいや全然。荷物運びのバイトしてた時に迷宮盗賊のことはよく聞いてたから、警戒してただけだぜ。ヨミチくん、カバーナイス!」


 ヨミチにグータッチを求めながらエンショウは答える。


「怖かったぁ…。モンスター相手より人相手の方が、なんか怖くてやだねぇ…」


 ぶりっ子でなく恐らく本気で怖かったのだろうヨミチが、震える手でグータッチを返す。


「はっはー! やられたな! 何か盗られたか?」


 互いに健闘を称えていると、突然そんな野次が飛んだ。見れば、テントから冒険者たちが顔を出し、ニヤニヤとした笑顔をこちらへ向けている。


「盗られてねぇだろ、あのあんちゃんがガードしてたからな」

「恥ずかしいなあいつら、新人相手に失敗か。こりゃ三層行く前に死ぬな」


 ガッハッハッと笑い声。


「笑い事じゃないんだけど!」


 ヨミチが小さな手をぶんぶんと振って詰め寄る。どうやら酒まで飲んでいるらしいその冒険者たちは、


「ここ辿り着いて気を抜いた新人が標的にされんのは、もうお約束」


 と悪びれることもなく笑った。

 酔っ払った冒険者にからかわれおもちゃにされているヨミチを尻目にウミが、1番手前のテントの入口を覆う布をおもむろに開いた。

 意外にも奥行きのある空間。剥き出しの地面に三組ほどの冒険者が座り込み、装備の手入れをしたり、食事をとったりしている。

 そのうちの一組がこちらに気がつくと、


「お前らもやられたか?」


 と口をへの字にした。服装から見て新人パーティーだろう。登録会で見た覚えのある人物もいるため、恐らく同輩だ。

 彼らは鞄を逆さにして、持ち物の確認をしているようだ。

「何か盗られたの?」と心配げに近づこうとするカノウを抑えて、エンショウは挑発的に首を傾げる。


「盗られたふりして同情誘って、更に他から盗る作戦とか」

「バカ。そんな狡いことしねぇよ」


 ぶすくれた顔で、声をかけてきた若い男は何度も何度も袋の中を確認している。


「ほら見ろ、財布がねぇ。母ちゃんと姉ちゃんの似顔絵も入ってたのに。あいつら次見つけたら……」

「隊長〜、私のスクロールもありません〜っ」

「隊長、某の鞄も」

「隊長、俺の弁当も……」

「うるせえっ! 泣くな! 一人ずつ言え、弁当は諦めろ!」


 取り込み中らしいので、そっとテントから出ようとする。それを「おい!」と"隊長"が引き止める。


「うるさくして悪いな、お前らも休憩すんだろ? 隣とその隣のテントはおっさんたちが酒盛りしてっし、その奥は死にかけの奴がいて休まらない。向かいは王国軍が占領しちまってるよ。詰めるからここ使え」


 どうする? とウミに目線を向けると、ウミはズカズカと入り込み、空いたスペースに躊躇なく座り込んだ。

 万が一、彼らが怪しい人物でも出口側をこちらが使うことになるため脅威は少ないだろう。

 残りのメンバーも並んで座る。ハレが入ると一気にテント内の圧迫感が増した。周りのパーティーがそっと詰めて場所を譲るのにハレは全力で申し訳なさそうな顔をして膝を抱えて座る。


「一応、持ち物の確認を私達もしておこうか」


 カノウの言葉に、皆、自分の荷物を確認する。ぷんすかと怒るヨミチも連れ戻され、休憩を兼ねて荷物を確認するよう促された。

 持ち込んだ水筒の水を飲み、軽く談笑しながら一つ一つ確認していく。財布、武器、貴重品。皆、持ち物は揃っているようだ。

 ハナコは丁寧に鞄の中身を並べ、小さな石の嵌った硝子の器具と、いつも持ち歩いているノートがあることを確認すると、胸を撫で下ろした。


「お前ら、なんも盗られてねぇの?」


 ふと"隊長"が、首を伸ばしてこちらを見ながら、口を挟んだ。その仲間たちが「隊長、あんま話かけるとまた怪しがられますよ〜…」と小声で止める。


「俺らは無事だな。返り討ちにしてやったから。てか、お前らのもん盗ったの、俺らと同じ奴か? ここで盗られたのか」

「上唇が裂けた坊主の野郎やら同じ奴だな。ここで休憩してたら話しかけて来てよ、鏡について情報くれるってから喜んで聞いてたらこのざまだ。あいつらが出てってから気づいたよ、盗られたってな。……あ! 俺たちはほんとに迷宮盗賊じゃないからな!」


 慌てて両手を振り弁解する"隊長"。


「隊長〜…」


 と仲間たちにじめっとした目を向けられ、「情報交換が大事なのは事実だろ!?」と凄む。


「そいや、鏡って何の話なんだ? さっきから」


 エンショウが尋ねた。


「何って……お前らも鏡狙ってんだろ? 俺らもなんだよ」

「いや、別に。そもそもマジで何の話だかわかんねぇ」

「おいおい本気かよ。すごいな、知らないで迷宮潜りだしたのか」


 馬鹿にするでもなく、心底驚いたように目を丸くした。


「あそこ、出て左に進むと一つ立派なテントがある」


 "隊長"がテントの出口の方を指さした。


「迷宮について色々教えて貰えるから、後で行ってみろよ」

「隊長は親切過ぎます〜っ! だからさっきも騙されて…」

「うるせえっ! お前らいいからそろそろ荷物まとめろ!」


 懐こく、熱血でお人好し。カノウと同じ匂いのする男だ。割を食いそうだな…と、彼自身とその仲間たちに同情していると、隣でウミがすくっと立ち上がった。

 珍しくせっかちだな、と驚いていると、ウミは腹に手をあてる。


「ウミくん、お腹減ってきちゃったの」


 こくりと頷く。


「いつにも増して早くない?」


 ハレが苦笑いするとウミは「朝、アザまるがいなかった」と呟いた。

 アザまるとは、ウミの同居人であるリザードマンのアザーのことである。

 ウミは生活の全てをアザーに依存して生きている。アザーがいなければ食事の用意も、洗濯も、何もできない。今日は恐らく、家にある食料を適当に齧ってきたのだろう。


「次の日アザまるが仕事ん時は、ハレんとこ泊めてもらおうな」


 エンショウの提案に、ウミは素直に頷き、ハレは苦々しい顔をした。


「とりあえず今日は、そのテント覗いて帰ろう」


 目標である迷宮第一層のキャンプ地にも辿り着けたのだ。欲張っても良いことは無い。

 帰り道で先程の迷宮盗賊たちが待ち伏せしている可能性もある。戦闘になることを考えれば、ウミが限界を迎える前に行動し始めるのも策だろう。


「助かったよ、ちょっと行ってくるわ」

「おう」


 "隊長"に声を掛けると、一行は立ち上がり、テントを後にした。


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