14.未知との邂逅

「ヨミチさん、とてもいいですね。戦士向きです。頑張ってください」

「は?」


 思わず素の声が出た。


「こんな内股走りの戦士、嫌じゃない!?」

「内股走りだと戦士になれないことはないですよぉ。体幹もしっかりしてますし。何より、とても健康ですね。健康なのはいいことです。お好きな食べ物がナッツ系なのも、意識が高くていいです。戦士向きです、頑張ってください」

「で、でも剣とか重くて振れなくてぇ…」

「小型のナイフやレイピアもありますよ。小柄なのでナイフ、いいかもしれないですね。頑張ってください」

「でも」

「あなたはもう戦士です。頑張ってください」


 美しく一礼をすると、きっちり髪をひっつめた女性役人は笑顔で去っていく。


 戦士って、なんだ。


 ヨミチは、剣を握らされマメができかけた手のひらを握り込む。


 ……戦士って……なんだッ!


 愕然と立ち尽くしていると、他コースの講習も終わったらしく、あちらこちらからぞろぞろと人が集まってきた。青空の下、普段は練兵のために使われているのだろう運動場に五十名ほどの人間が集まる。

 予想より人が多い。そして、若くない人が多い。男女比は、圧倒的に男が多数だ。


「講習は以上です。登録会もこれで終了です。登録書類はあちらで受け付けています。後日でも申請できるので、混むのが嫌な人は今日じゃなくても大丈夫です。この会場は夜まで開けとくんで仲間探ししたい人はご自由にどうぞ。では!」


 進行役の男性の、にこやかな挨拶で冒険者大登録会は締められる。


「雑だよ〜…」


 肩を落としていると、いつの間にか隣にハナコが立っていた。

 全てを見透かすような黒い瞳で、ヨミチを真っ直ぐに見ている。


「あ、あのねハナちゃん。お兄ちゃんね」


 おずおずと切り出す。もう嘘でもいいから反対されたと言うしかない。この妹にどこまで嘘が通じるか分からないが、生き残るためには……!


「向いてるって言われた?」

「……差し金か?」


 口角を少しあげて言った妹に、ヨミチは思わず真顔で顔を寄せる。


「差し金? まさか。でも兄貴は戦士向きだから、向いてるって言われると思ったよ」

「こんなに可愛いのに戦士向きだなんて酷い言いがかりだゆ〜…」

「はいはい。で、ほら。兄貴の得意なパートよ」

「なに?」

「仲間探し」

「得意だったことないけど」


 ちやほやしてくれる女性と、女性にちやほやされるヨミチを疎む男に囲まれて生きてきたヨミチに友達と呼べる人間はいない。

 その冗談は酷いよ、とムッとした顔をして見せると、


「合コンみたいなものでしょ」


 と彼女は涼やかに言った。

 曰く、条件があい、フィーリングが合い、一緒にいてストレスの無さそうな人を探す行為。これすなわち、合コンのようなものではという話である。


「女の子探すよ! 可愛い女の子!」

「職能のバランスさえ良ければ誰でもいいわ。実力があるに越したことは無いけど」


 職能のバランス。先程の講習で軽く説明された。迷宮は通路が狭いため、皆で仲良く横並びで歩くというわけにはいかない。

 迷宮を行く適正人数は六人らしい。力自慢の職能者が前を歩き、魔法使いなどの後衛職が後ろを歩き援護をする。ヨミチは戦士に宛てがわれてしまったので不本意ながら前衛だ。ハナコは魔法使いコースへ向かっていたので後衛にあたる。ということは、残り前衛二人、後衛二人を捕まえればいいわけだ。


 モチベーションのためにも女の子を見つけよう。


 ヨミチは決心をして当たりを見渡した。

 まず目に入ったのは、いかにも堅気でない男。隣を見れば、農家の三男坊と言った見た目の日焼けをした男。更にその隣は、元傭兵か王国兵士あがりかといった老いた男。

 ……男ばっかりだな。

 だが、周りの男たちも考えることは同じなようで、先程から不躾な視線がハナコに注がれている。通り過ぎざまに露骨に口笛を吹くものまでいた。

 女の子がいないのならばもう仕方がない、と「まともそう」な男を探すことへと切り替える。

 ヨミチが逃げたあとハナコを任せられそうな人達がいい。万が一逃げ損ねた時も逃げられるまでせめて守ってくれそうな人達がいい。

 嫌な視線を避けつつチラチラと辺りを伺っていると、少し離れた位置を横切る小柄な青年がふと目に入った。

 肩まで伸ばした赤毛を、緩くハーフアップにしている。顔つきから察するに、十代半ばくらいだろうか。耳に付いているたくさんのピアスが、歩く度にキラキラと光っていた。派手な子だなぁ、とつい見ていると、目が合った。


「ウミ! ちょっと来いよ!」


 しかし青年はこちらを無視するようにパッと目を逸らすと、後ろを振り向いて声を上げる。その視線の先で、人混みが不自然に割れた。強面の男たちが、ぽかんとした変な顔で通り過ぎる人物を目で追っている。なんだ? と見守っていると、一つの影がのそりと現れた。

 その姿を見た瞬間、息を飲んだ。


 こんなに美しい生き物がいるのか。


 陽の光に透ける青緑の肌…鱗だ。首から頬、服から出る手足が、美しい色をした鱗で覆われている。だが顔にあたる部分は真っ白で、鼻が少し低い以外は人と変わらない造形をしていた。光る黒髪が緩やかに七三に分けられている。鞭のような尾が、ゆらりと動いた。


 リザードマン。話には聞いていたが、目にしたのは初めてだった。


 神々しいとさえ言えるその姿に思わず見蕩れていると、隣の青年と何かを話すリザードマンが突然こちらを振り向いた。そして「あ」と口を開けた。


「内股戦士」

「へ」


 顔を引き攣らせていると、リザードマンがずかずかと近づいてくる。その勢いに思わず及び腰になりハナコの後ろに隠れ顔を伏せた。


「なァ、戦士ンとこにいた奴だよなァ?」


 ぐいと、顔を覗き込まれた。切れ長の目、赤い瞳。瞳孔が縦に裂けている。宝石のようだ。目の端、鉤爪が見える。構成する全てが何かを傷つける形をしている。綺麗で、恐ろしい。息が、できない。


「挨拶も無しに、失礼じゃなくて?」


 毅然としたハナコの声が耳を刺した。

 宝石が動く。少し顔を上げ、ハナコを捉える。ハナコも目線を下げ、リザードマンの顔を見た。

 上下で睨み合う美しい者達の間で、世界で一番可愛いはずの男はなすすべも無く「はわ……」と情けない声を上げた。


「こらー、そこのリザードマン、止まりなさーい」


 唐突に響く間の抜けた声が、緊迫した空気を壊した。


「や! すまんね、うちのが!」


 声を聞き体を起こしたリザードマンとハナコの間に、割って入る小柄な男。敵意の薄いへらっとした笑みがヨミチを捉える。先程の、赤毛の青年だった。


「ガンつけたわけじゃないんだぜ、気になっただけなんだよ。こいつそゆとこあるから。お前もなー、突然だと相手びっくりすんだろ」


 脅威がないことを示すように、青年はリザードマンの頬をつつき、トゲを指で弾く。リザードマンは鬱陶しそうにしながらも、「あァ」と答えふいと目を逸らした。


「そうだ、挨拶挨拶。俺、エンショウ。盗賊の職能で今回登録してきた。こっちはウミ。戦士」

「戦士?」


 ヨミチは鸚鵡返しにする。


「いたっけ?」


 そういえば、先程も戦士適正無し判定のために全力で粘るヨミチを揶揄するようなことをこのリザードマンは口にしていた。だが、講習にこんな目立つ男は間違いなくいなかった。


「サボって外から見てたらしいよ」


 青年…エンショウが答える。


「サボって?」

「飯食いながら見てたぜ。お前ェ最高だったぜ、あの内股」


 くく、とウミは喉で笑う。ヨミチはカッと顔を赤くしながらも「可愛い走り方だもん〜」とすっとぼける。


「アンタたち、仲間探してんの?」


 エンショウが、人懐こい笑みを浮かべて切り出した。

 脳内で、警報が鳴る。この流れはまずい。人の可愛い内股を嗤うような男は絶対に嫌だ。

 だが、ヨミチが返事をしようとする前に、ハナコが


「ええ」


 と頷いた。目を剥いてハナコを見る。


「自己紹介が遅れたわね。私はハナコ。首都にあるトゥムオロ国立大学からの派遣で来たの。迷宮の調査、探索が目的よ。職能は賢者……魔法使いと思ってくれれば大丈夫。こっちは兄のヨミチ。戦士よ」

「お! いいね!」


 エンショウは指を鳴らして飛び上がった。


「うち、もう四人で組んでんだけど、戦士、戦士の前衛二枚と、盗賊、僧侶の後衛二枚の組み合わせなんだよ。六人揃えたいと思ってんだけどさ二人、加わらない?」

「いいわよ」

「女の子はいる!?」


 ハナコの即答を、ヨミチが慌てて遮る。


「女の子いないなら組まないかも!」


 不自然な大声で主張する。ハナコの眉が僅かに顰められたが、気にする余裕はない。こんなチャラくて軽くて強引そうな人達、どうにも嫌だった。残りの二人も、どんなのが来るか分かったもんじゃない。

 必死に「女の子」の必要性を主張するヨミチに、しかしエンショウはにっこりと笑ってみせる。


「いるよいるいる」

「いるのぉ!?」

「うん。多分そろそろ…あ、いた。おーい、カノウちゃん」


 エンショウが、ちょうど登録用カウンター前の人混みから抜け出てきた、エンショウ以上に小柄な人物を呼ぶ。短く切った髪から少年にも見えたが、豊満な胸元と柔らかげな体型から少女と分かった。

彼女のことは、戦士コースの講習中に見た覚えがあった。人の胴ほどある丸太を斧で一発で叩き割り、重しを背負ったまま軽々と訓練場を走破し、組手で屈強な男相手に五連勝していた子だ。

 幼子にしか見えないのに、と驚いていたが、他の参加者の言葉から彼女がドワーフであることを知って納得した。ドワーフは、故郷でもたまに見かけたため馴染みがある。小柄で筋肉質な体格が特徴の種族だ。

 少女はエンショウを見つけると日焼けした顔をパッと綻ばせる。


「みんなの分も手続きしてきたよ」


 そう言って、ぽてぽてと歩み寄った。


「ありがと。あ、これ女の子。カノウちゃん」

「人見つけたんだね。私、戦士のカノウです」


 深々と頭を下げられる。


「で、あともう一人、僧侶のハレって奴がいるんだけど、用事があるって先帰ったんだよね。ま、明日にでも紹介するよ。ちなみに迷宮に潜る動機はこの二人は腕試し、俺は小遣い稼ぎ、ハレはなんだったかな? まあ、そんな感じ」


 深層は目指さず、浅い階層を巡る、いわゆる定置冒険者を志望しているということだ。ヨミチは少し安堵した後に、「でも」と別の懸念を口にする。


「子供は連れてけないよぅ」


 これは、大真面目な話だ。カノウはドワーフだからと言うがそれでも見た目は十三程度に見える。エンショウも、せいぜい十五くらいだろうか。

 若すぎる。大人として許容できる年齢ではない。

 だがエンショウはそれを聞くと、「あー、それね!」とケラケラと笑った。


「俺とウミ、若返りの煙ふざけて吸いまくってたらこんななっちゃったんだけなんで! 俺ら、ハレ含めて全員、同年代の二十前後です!」

「いや別の理由で連れてけないやつ〜」


 若返りの煙をふざけて吸いまくるとはどういう状況なのだろうか。ヨミチには理解も想像も追いつかない。


「俺ら迷宮に潜る冒険者の荷物を運ぶバイトちょっとしてるんだよね。だから、迷宮のことも、まあまあ……。で、いらない掘り出し物とか受け取ったりしててさ。若返りの煙もまあそんな感じ」


 そんな感じ、の意味が分からない。受け取るのはいいが、なぜ売るでもなく嬉々として吸うんだ。

 とはいえ、荷物運び人となると、迷宮の中にはある程度熟知していると言えるだろう。それに関してはいい情報である。だが正直それを補うほどの不安要素もある。

「断ろうよ〜…」とヨミチがハナコに視線で訴える。ハナコも、ヨミチに視線を返した。煌めく黒曜石の瞳は、ヨミチに対して暗にこう言っていた。「諦めろ」。


「私たち、この街に昨日来たばかりなの。色々教えて貰ってもいいかしら」

「もちろん! 私とハレはこの街で育ったからね」

「頼もしいわ」


 カノウの言葉を受けての、ハナコの笑顔。百点満点の営業スマイル。


「となるとじゃあ、明日、昼過ぎに集まって、迷宮入口までとりあえず行ってみっか。な?」

「いいね。ハレのことも紹介したいし。二人は大丈夫?」

「もちろん。兄貴もいいわよね」

「うゆ〜…」


 こうなったら、ハナコと別行動のタイミングを見計らって逃げるしかない……。妹の足手まといなるのも、そのせいで死ぬのも、あまりにも嫌だった。


 なんとしてでも、迷宮から逃げてみせる。


 最強で最凶の妹の影で、ヨミチは痛む拳を握り締めた。

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