DIE AFTER DAY

7月26日 19時32分

S市地下 UGN支部 食堂


「ギョーザ三枚、あとビールをお願い」

「カルボナーラ、あと紅茶を頼む」

「いつもながら逆じゃないんッスね」


 言いつつ冷蔵庫を開く。幸いそう手間のかかる品ではない。

「試用期間も終わるでしょ、赤林

 あんたを拾ってここに斡旋してやったんだもの、上客の好みくらい覚えなさいな」

「白ラベルとオレンジペコッしょ?

 毎回のことで、飯のことッスもん。覚えますよ、姉御」

 

 聞いて、兄貴が笑う。

「兄貴だ姉御だって呼び方、なんとかならないかね。むずがゆくってたまらんよ」

「オーヴァードワンパンは姉御だし、その相方は兄貴ッスよ」

「よく言うわ。常人気絶フェロモンワーディング、素肌で無効化して、強盗超人オーヴァード投げて固めて、

 あたしらが通るまで耐えるんだもの」

「珍しいんスか、この体質」

「木っ端オーヴァードよりよっぽどな」


 そうらしい。

「その上一応素人間の身で、世界の真実ウラバナシ——

 UGNの存在と業務を知って加入キメるなんて、卵の双子くらいにゃ話の種ね」

「あのランカスターグループがバックの組織ッスよ?

 カネ払いはいいし、寮はきれいだし、好きなだけ飯作れますもん」

 言ってやる。すると痩躯の、見た目相応に低い声が響き、

「バックアップとはいえ、戦闘組織に……殺しに加担する気持ちは?」

 ザックリ返された。 


 麺を湯がく手が止まる。 

 それを言われると困る。困るが、

「戦艦の主計課、みたいなもんじゃないっッスかね?

 姉御と兄貴に腹空かせて死なれても困るッスよ」

 言い、客席を見回すと、二人がなにやら肩を組んでいる。

「逸材だな。……むしろ最近の若者はこうなのか?」

「逸材ね。……なんで彼女いないのかしら」

「聞こえてるッスよー」


 しかし、

「座学でもやったッスけど、皆さんの超能力って、病気なんスよね?

 今更現実離れとか、言わないッスけど」



 そうだな。

「赤林、今何歳だ?」

 聞くと、浅黒い若者が返す。

「25ッス。……“はじまり”が20年前ッスよね?」


 よく勉強しているらしい。

「ああ。……20年前、とある遺跡から発掘された遺物

 その中身がレネゲイドウィルスだった。遺物は飛行機で輸送中に――」

「爆発四散したのよね。……因果関係は定かじゃないけど、それ以降、いわゆる怪奇現象オカルトが激増するの」


「読んだッス読んだッス、月刊“ほしのとも”!!

 天使再臨、吸血鬼が昼間に歩き、人狼が吊られるとかなんとか……」

 がくがく頷かれる。成年向け雑誌のはずだが、こいつ賢いんじゃないだろうか。

 ともあれ、

「全部事実だ。各国はいくらなんでも放置できず、しかし対処もできず――

 数年開けて、米国の博士がこの現象を背教者レネゲイドと名付けるまで続いた」

「“原理はさっぱりわからないけど、原因はウィルス!!種類はこれ!!”

 ……まぁ、割り切った天才よね」


「エラい博士もいたもんッスね」

「今、敵組織にいるけどね」

「よくあることッスね」

「タフだなおい」

 ともあれ、

「能力を悪用する者、暴走する者を殴り、ウィルスを研究する機関が必要だった

 ——ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク、UGNの誕生だ」


 シェフはなるほどなぁ、と頷き、

「しかし、姉御や兄貴……ドンパチ要員の仕事がなくならないってことは、ワクチンとかそういうのはまだないんッスよね?」

「ないわ。完治や予防はおろか、一定以上進んだ病状を治療することもできない」

「……“ジャーム”。レネゲイドによる精神の暴走が、固定化した個体のことだな」



 とりあえずソースを混ぜることにした。

 40秒くらいで耐えきれなくなった。

 

「そういうヤツらを――」

「できるなら捕獲、出来なきゃ。そういう仕事よ」


 そうらしい。しかし、

「……味方の割合、けっこう多いらしいッスね」

「異能のことを症候群シンドロームと呼ぶくらいだ

 ま、戦闘レベルで連用すればこともある」

「経験あるんス?」

「味方狩りのことかしら?」

「いやこう――」

 なんというかな。



 弟分の顔はよく見えない。

「自分、半端なんで任務のことは聞かせてもらえないッスけど

 二人が、殺し一歩手前のことをやってきたのは分かるス」

 ただ、ソースを焦がさない程度には冷静らしい。

「続けるの、キツくないスか」


 そうねぇ。

「私はそのために製造つくられたし――」

「俺は死ぬのが楽しくてな。生きてるって実感できるぞ、アレは」

 つまり、

「あるけど、ないわよ。二人ともね」


「そッスか」

 弟分は意外と感情を隠すのが得意らしい。

 ただ、食器を置く音はいつもより、僅かに大きかった。


「——自分も、続けるつもりッス。正直迷ってたスけど」

「理由を聞いてもいいかしら?」


「金払いが良くて、寮がきれいで、——ここの人たちに飯を作れるからス」

 彼は胸を張って、にっこり笑った。


精検ドック直後だって聞いてるス

 ――ニンニク倍盛りと、黒胡椒抜き。お待ちッス」

 

 いつもの料理は、いつも以上に芳醇で。


「ありがとうね」

「いただくぜ」


 とりあえず、死ぬのはもう少し先にしてやろうと、そう思った。

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