第六章-3

 ヒナリの背中の端が見えてきた時、リエは箱の蓋を開けた。チロチロと瞬く火に、弓の端を無理矢理突っこむ。弓に火が移り、燃え始める。それを、鳥に向けて投げる。

 空の黒に、炎の赤が炸裂する。

 鳥が叫び声を上げる中、ソラは岩へ跳躍する。ヒナリは潜水する。リエの背後で、燃えた鳥が次々と水面に墜落していく。しかし化け物は仲間の犠牲に一切ひるまず、リエを追う。

 ソラは岩から岩へと飛ぶように走る。しかし化け物鳥の方が早い。燃えなかった一体が、上空から迫り、二本の足でリエの肩を掴み、持ちあげる。

 リエは短い悲鳴をあげた。肩にがっちりと食いこむ足を引き剥がそうとし、下を見てやめた。この高さから落ちたら助からない。

 化け物鳥が向かう先は、もちろんオボロだ。オボロは勝ちほこったかのような笑い声をあげる。

 リエは、息を整えた。帯に吊るした箱に手を伸ばした。向かい風に邪魔されながらも、どうにか帯から外す。衣の内側に入れ、上から両手でしっかりと抑える。

 そして、待つ。

 化け物鳥は、まっすぐリエをオボロの元へ運んでいく。大きく開いた、奈落のように真っ暗な口が、眼前に迫る。鋭い牙の形が、一本一本見わけられるようになる。

 いよいよ、頭上に牙が迫った、その時。

 リエは懐から箱を出した。蓋を外し、オボロの口めがけて投げる。

 箱は、オボロの口へ吸いこまれていった。暗闇に、小さな火が落ちて、見えなくなる。

 そして、奈落に光が灯った。眩い赤が、パッ、と広がる。

 オボロが悲鳴を上げた。リエは化け物もろとも、吹き飛ばされる。肩から足が離れ、くるくると宙を舞い、落ちていく。

 浮上したヒナリが、リエの姿を捉えた。残った力を振り絞り、リエに術をかけた。

 リエの身体が水の膜で包まれる。リエは派手な水飛沫をあげて水面に落ちたが、その膜が水面に落ちた瞬間の衝撃を和らげた。近くの岩まで泳ぐと、ソラが迎えに来る。

「リエ、よくやった」

 リエは息も絶え絶えで、何も言えない。岩にしがみつき、よじ登り、息を整える。

 ヒナリも、静かに岩まで泳いでくる。

 そして、全員、オボロの方へ目を向ける。

 火の周りは早い。オボロは水に潜って火を消そうとするが、逆に水面が燃えてしまう。

 次第に、オボロの悲鳴も小さくなった。泳ぐこともできなくなり、燃え続ける。黒と灰色だけの常闇に、炎の花が咲いた。

「綺麗だね」

 ヒナリは呟いた。

 リエはふと、自分の両手を見る。縄目模様のアザは消えていた。

 オボロの悲鳴はもう聞こえない。動く様子もない。炎は勢いをつけてますます広がる。

「そろそろここを出るぞ。俺達も燃やされそうだ」

 リエはソラを見た。

「ソラ、怪我してる」

「まだ走れる」

 ヒナリが人間の姿に変わる。二人はソラの背中に乗った。ソラは通れるようになった霊道へ飛びこんだ。

 誰もいなくなった常闇で、浄化ノ火は静かに燃え続けた。

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