第17話・ウソと涙とメイドの主

 麻季ちゃんね…その、しのちゃんも気がついたならなんとなく察するとおもうけど、拾われっ子だったのよね。

 わたしたちのお家ってね、実はけっこー古い、そこそこ由緒あるお家だったから、ちっさな頃から…その、言いにくいことなんだけど、かわいい子でもあの髪の毛のことがあって親戚中にいじめられてね、麻季ちゃんのおとーさんとおかーさんもつらい中麻季ちゃんをいっしょーけんめい育ててね。

 なのに麻季ちゃんは、そんなおとーさんおかーさんにも反発してグレちゃって、むかぁしはすごく荒れてたの。でも、わたしだけには懐いてたから、こっちにおいで、って麻季ちゃんを呼んだの。

 しのちゃん。麻季ちゃんはね、あー見えて子供のころからずぅっと辛い目にあって、おとーさんもおかーさんも信じられなくって、友だちもいないしわたしだけを頼りにしてる子だから。

 お願い。しのちゃんも麻季ちゃんのいいご主人さまでいてあげてね…?





 ダイニングのテーブルに席を移し、涙をこらえて語っていた篠だったが、語り終えるととうとう我慢出来ずにぽろぽろ涙をこぼし始めた様子を、しら~っとした顔で眺めてた麻季は、怒りを通り越して無表情に、言った。


 「ウソです」

 「………は?」


 それを聞いた篠の方はというと、泣き顔を隠しもせずにいたから、丸くした目が真っ赤なまま、果ては鼻水まで垂れてきそーな有様で、何故かお嬢さまのそんな顔にむかっ腹のたった麻希は、ズバンとテーブルを叩いて釈明と訂正を、図る。


 「ずぇっっっっっ、んぶっ!!ウ・ソ・で・すッ!!あんのドアホ言うに事欠いてお嬢さまになんつーウソぶっこいてくれてんですかっっっ!!」

 「え?……その、麻季?全部うそって…最初から最後まで…ぜんぶ?」

 「ぜんぶ、です。最初から最後どころか三周くらい回って混じりっけ無しに全部がウソです!」

 「拾われっ子、っていうのは?」

 「恥ずかしながらガキん頃はそー思い込んでた時もありましたが、高校上がる時に血液検査して間違い無く血縁関係は証明されてます」

 「親戚中にいじめられて?」

 「ません。まあ本家の方に感じの悪いひとはいましたが、どっちかっつーと可愛がられては…いた方かと」

 「グレてたってのは?」

 「身に覚えがありません。少なくとも自分にゃそのつもりはねーです」

 「ご両親との仲は?」

 「…この歳になって親にべったりとかありえなくねーですか?まあ反抗期はそこそこ派手だった自覚はありますが」

 「仁麻さんに懐いてたという…」

 「ソコが一番タチの悪いウソです。お嬢さまもご存じでしょーが。あのクソテンションはどーにもあたしをイライラさせんのにいっつの間にかあたしの親にうまいこと取り入ってあたしの後見みてーな立場に収まってんスよ?東京に来た時はまあ他にあてもなかったんで世話になった記憶もおぼろげながら無いこともないのは否定しなくもねーですけど、アレに頼って向こうもあたしを可愛がってるとかいうのは誤解どころか悪意のあるひぼーちゅーしょーレベルです。あのですねお嬢さま、あなたアレにかつがれてんスよ。アレがどういうつもりか知りませんけど、言われたこと信じてたらかかなくてもいい恥かきますからね?」


 現にあたしの前でそんなぽろぽろ泣くよーなことになってるでしょーが、とは言わなかったものの、篠はぼーぜんという態で麻季に言われたことをよくよく反芻し、それからついさっき自分が言ったことやったことを思い出すと、真っ赤な顔を急降下させてテーブルの上に突っ伏したのだった。


 「…まあその、そういう事情なんで。悪いこと言いませんからアレを友だちだと思うとか怖いもの知らずな真似はしねー方がいいすよ」

 「うう…」


 そしてキッチリとトドメを刺しておく麻希である。もちろん本人にその自覚はなかったけれど。


 「………うう」


 こちらから見ると、後ろ頭から垂れた長い髪の間からでも、篠の真っ赤になった耳はよく見える。

 そう気がつくと麻希は不意に、ワガママだけど気前はよく、自分の作ったご飯を美味しいと喜んで食べてくれる雇用主、という以上の何かに向けた感情が沸いてくるのを覚える。


 まあ、その、なんだ。

 守ってあげる、家族になろう、と言われたことに対しては、多分に勘違いから発した言葉ではあったのだろうけれど、それでも言われて嬉しくは思えたのだから。


 それくらは伝えておこうと、麻季はそっと手を伸ばし、まだ唸って何かブツブツ言っていた篠の頭を撫でてみた。大切なものに触れるような、優しい手つきだった。


 「えっとですね、お嬢さま。アレの言うことはデタラメだらけですけど、実家と折り合い良くないとこがあるのだけは、あながち間違いでもねーんで。割と思い切って東京出てきて、ちょっと失敗して困ってた時にお嬢さまに助けてもらったことと、さっき言ってもらったことは、ふつーに感謝してます。なんで、そう恥ずかしがることはねーですよ」


 篠の繰り言が止まった。少し頭を左右に振ると、麻季の手が揺すぶられるようになる。その感触を楽しむように、くぐもった声で「くふふ」と笑ってる篠が、可愛くも愛おしくも思えて、それでそんな気持ちのまま、今日の終業を迎えようと思ったときだった。


 「麻季ぃ?あなたお酒呑んでたわよね?お仕事の時間中に」

 「え?」


 むくりと顔をあげ、したり顔で麻季を見上げてる。

 こちらに見せられないよーな顔をしていた寸刻前などどこへやら。わりといつも通りの、麻季を引きずり回して困らせるお嬢さまの面相だった。


 「あのね、麻季。わたしはあなたのことを心配してぇ、わざわざ美味しい晩ご飯を断って、自腹であなたの親戚に高い食事を提供してきたの。何かご褒美が必要だと、思わない?」


 思いません、と言いたいところだったが、先に飲酒の件について釘を刺されているのだ。まったく、このお嬢さまは抜けてるよーで抜かりは無い。

 麻季は早々に敗北を認め、大仰に肩をすくめてみせると「何が食べたいですか?」と聞くと。


 「満貫全席!」

 「出来るわけねーでしょうがぁっ!大体ひとりで作れる分量じゃねーしそもそもどれだけお金かかると…あ、それは問題ないのか、じゃなくて仮に作れたとしてもお嬢さまが食べきれるはずねーのに食えない量の料理なんか作るつもりねーですから!!」

 「いーじゃないの、仁麻さんとか呼べば」

 「あのアホには今回恨み骨髄に染みる目にあってるでしょうが、お嬢さまもあたしも。これ以上お嬢さまのお財布からアレに施しを与える真似は許しません、一切!」

 「あはははー」


 冗談だとバラすように、涙の跡もとうに消した篠がけたけたと笑ってる。

 ま、これっくらいでいーわなこのおじょーさまは、と思って矛を収めた麻季が、これはお嬢さまなりの照れ隠しだったんだろうと気付いたのは、次の日の朝になってからである。

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