第13話・やると決めた掃除は午前中にぜったい終える
今日も今日とて、住み込みメイドの午前中の仕事はお掃除だった。
「…おじょーさま、そこ邪魔です」
「え?あ、はいはい、ごめんね今どくから」
「どーも」
麻季はハタキで高所の埃を落とす。幸い今日は天気も良いから、窓は全て開け放ち、代わりに部屋に差し込む陽の光で、舞い散る埃もよく見える。掃除を急がねば、と麻季は思った。
「……おじょーさま、ちょっと動いてください」
「え?あ、はいはい、ごめんねさっきから」
「…どーも」
それが終わると掃除機をかけ始める。
住み込み始めた時にあった掃除機は、あまりにも吸い込みが悪いので蹴っ飛ばしたら電源が入らなくなった。「おじょーさま、掃除機動かねーみたいなんで買ってもいーですか?」と、しれっと備品購入を申請したのは、仕事を始めて二日目のことだった。
「………おじょーさま、ソファのカバーを交換しますので」
「あ、はいはい、お願いね」
「……ども」
掃除機が終わり、洗濯物を干すついでにインテリアの敷物も一通り交換してしまう。
最近来客もあったことだし、サボっていてはいけないと痛感したところだ。といって、カーペットや敷物といった大物はクリーニングに出すだけなのだが。
ソファに寝転がるお嬢さまの下敷きになっていたラシャ布のカバーを回収。
「…おじょ」
「さっきからちょっと当てつけがましくない?麻季」
「そう言いたいのはこっちの方です。なんであたしの行く先々に腰下ろしてんすか。掃除が進まなくて困ってるんですが」
「…掃除なんかルンバにでも任せたらいいんじゃないかしら。どう?お金ならわたしが出すし」
「そーいうことを言ってるんじゃねーんです。ガッコが休みなら外にでかけでもしたらどーですか、と言ってんです。若い身空でこんな天気のいい休日に引きこもってるとか、健康的とは言い難いっすよ」
友だちもいないでしょうけど、とは言わなかったのは武士の情けというよりも、麻季もあまりひとのことは言えない身だからだ。
まあ昨日、従姉妹ががあーだこーだとお嬢さまに吹き込んだことなど体よく忘れ、麻季は篠がこうもまとわりつくのは仕事の邪魔をしたいからだと決めつけて、午前中に掃除を終えるべくお嬢さまのことは無視して作業を続行する麻季だった。
ちなみに、視界の端にちらちらと映る、ぶんむくれのお嬢さまの顔は見なかったことにした。
「麻季ぃ、お昼ごはんだけど……って、タバコ吸ってるし」
別に法に触れるわけでも契約に反することでもないが、未成年にタバコを吸うところを見られるとなんとなく悪いことをしてる気にはなる。
麻季は慌てて携帯灰皿に、まだ二口くらいしか吸ってない煙草を押しつけ、貴重な一本がぁ、という内心を一切察せさせないカンペキな業務スマイルで、隣のバルコニーから身を乗りだしたお嬢さまを窘めた。
「おじょうさまー、まさかとは思いますけどそこからこっちに乗り越えてきたりしないでしょうね?」
富裕層向けとはいえ、基本的にはファミリー用の分譲マンションだから、部屋ごとにバルコニーは仕切られていたりはしない。ただ、麻季の部屋は一応使用人のものということで、家族の住む区画とはバルコニーも仕切られている。
もちろん麻季の方からそれを乗り越えていこう、などというつもりはないが、困ったことに主の方は使用人のプライバシーに頓着するつもりなど皆無のよーで、黙っているといつの間にか麻季の部屋のベッドで寝転がっていたりすのだ。いくら主の部屋のベッドより広いからといって、それはないだろうと何度言っても、篠は止めない。重ねて抗議すると、篠は眠そうな顔をして麻季の寝具を抱き、顔を埋め、そしてくんかくんかと嗅ぎ始めるので麻季も逆らうのは既に諦めていた。
「しないわよ、そんなはしたない真似。それでお昼ごはんだけど、外に食べに行かない?」
「あたしのいない部屋に侵入するのははしたない真似にはならないんすか…まあそれは置いといて、外で何か食べたいものでも?」
「そういうわけでもないけど。ただ、外に出たいなー、って気分」
「あのですね、午前中からずっと、外出したらどーですか、って言ってたじゃないですか。今になってどういうつもりですか、まったく」
「気が変わったってこともあるわよ。で、どう?わたしが奢るけど」
篠は割と気前はいい。自分で使い切れる以上のお金を稼いでいるせいもあるだろうが、恩着せがましくなく鷹揚にそういうところを示せるのはおじょーさまの美点の一つなんじゃないだろうか、とお金については苦労の多かった麻季は素直に思う。他の美点を挙げてみろと言われてるとしばし迷うが。
「…なんかわたしに失礼なこと考えてない?」
「おかしいですね、あたし顔には出ない方なんすけど」
「?」
意味が分からないらしく、首を捻る篠を「はいはい、それはいーから外行くなら着替えてください」と、自分も支度をしようと自室に引っ込もうとしたとき。
「あ、ちょっと待った」
「え?ったぁっ?!」
メイド服の襟首を引っ掴まれて、引き戻された。ぐえっと軽くえづいて篠を睨むが、篠はお構いなしに制服の襟元を両手で引き寄せ、それから。
「あ、あの、おじょーさま?」
麻季の口元に鼻を寄せ、音が聞こえそうな勢いでそのままひくつかせてる。
そして困惑する麻季を解放すると、両手を肩の高さに上げて手のひらを上に向け、麻季には聞き捨てならないことを言った。
「たばこくさい。やっぱそれ止めない?」
「…あのですね、別に止められないほど馴染んでるわけじゃねーですけど、最初の約束だったじゃねーですか。どうしても止めさせたいってんならクビにしてください」
「強情者。なんでやめないの?それほど好きってわけでもないんでしょ?」
「別に嫌いでもないので。ほら、お昼行くならはやくお嬢さまも用意して下さい。お店は…お嬢さまにお任せしますから」
今度は呼び止める声もせず、きっと具体的にどのお店に行こうか考え始めたら食欲の方が勝ったのだろう、と可笑しくなりつつ、麻季は自分の部屋に入っていった。
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