第2話・ヤンキーメイド、失業す

 「キミ、クビね」

 「なんでだっ?!」


 こんな狭い店にもいっちょまえに店長室というものがあった。マンションの一室のよーな店舗スペースをパーティションで区切り、コンクリ打ちっ放しの壁面との隙間を更に圧縮したよーな、ごくごく狭いというよりもむしろ細いと表現した方が適切な一画で、麻季は店長なる存在と相対していた。


 当節は斜陽もいいとこの「真っ当な」メイド喫茶なぞを仕切って生きながらえさせているだけあって、店長の三十男は経営者としては割と優秀な方なのだろう。売り上げトップの女の子と入籍しながら、他のスタッフに一切それを察せさせず「いつも通り」なところもまた、見事な部下掌握術だった。


 ま、それはともかくとして。


 「理由を聞かせろ、理由をっ!」

 「いや、理由なんてキミが一番よく知ってるでしょ。ほら、これだよコレ」

 「これ?…んげっ?!」


 と、店長が見せたタブレットの画面を見て、麻季は飛び込んだ池が水不足で干上がってたときのカエルみたいな声を上げる。

 そこに表示されていたのは、某SNSに掲載されていた写真。

 見たところ、メイド服姿の女性がヤンキー座りしてタバコをふかしている図である。顔にこそモザイクはかかっていたが、制服から店は既に特定されており、ついでにモザイク越しの髪の色で、そこに写っているメイド店員が麻季であることも、関係者にはバレバレだったりする。


 「…残念ながらねー、もう店の特定もされてしまってプチ祭りになってんのよ。いやま、中には『こんなもんでしょ』って軽く流してくれるひともいるけどさあ、制服着て外から見える場所でタバコはまぁずいよねえ。ボクら一応、夢(笑)を売る商売だからさあ。千葉の黒いネズミが同じことしてたらクビどころか損害賠償請求されるレベルだと思うよぉ?」


 この店を浦安の某所と一緒にするな図々しい、と麻季は苦々しく思いはしたが抗弁出来る立場でもなく、ぐぬぬとタブレットが割れそうな勢いで歯噛みするしかない。

 それを、返す言葉もないと反省してると誤解したのか、店長は余計な一言を付け加える。


 「あ、気付いたら真っ先に店のホムペからキミのプロフ削除したから個人情報の心配はないと思うけど。優秀な店長に感謝して欲しいねぇ~」


 そいつぁどうも。その手の早さが女にも向かってなけりゃ、ちっとは感謝する気にもなってたよっ!

 …とも言えず、この店に勤めるたった一つの理由を動機に、麻季は抵抗を試みる。


 「……け、けどよ、それだけでクビってのはやり過ぎなんじゃ…」

 「だぁまらっしゃい。そりゃね、ウチは千葉とか大阪のおっきいとことは違うけどね、こうも名前が知られてしまった以上、制服を変えるなり店を引っ越すなりはしないといけないの。その賠償を請求されないだけまだマシだと思いなさい。あと最後の給料だけは振り込んでおいてあげるから。明日から来なくていいよ」


 最後のとこだけ意識的に冷たく言い放ったようだったが、それ以外は温情に見せて喜色に満ちた物言いだったりする。

 冷静に考えれば、たかがSNSで瞬間的に盛り上がっただけの話である。やり手の経営者であればこれを逆手にとって店の名前を売り込むことも可能であろうし、そもそもいつまでも店の経営に影響するほどの問題でもないのだ。


 それを殊更に麻季に責任があるかのように仕向けたのは、ひとえにシフトをリードする存在でありながら、店長に従順でない麻季を煙たく思ってのことだろう。セクハラまがいに口説かれた時、満面の笑みで「労基に訴えますね」と脅されたことを恨みに思っているのかもしれない。

 そう、正式に雇用契約を結んだ関係である以上、一方的にクビにも出来ないのでこれを幸いに、鬱陶しい店員をひとり追い出したかったのだろう。


 …と、麻季は当たりをつけて、しぶしぶ引き下がった。

 制服が可愛いことだけが取り柄の職場だったが、自分の能力ならすぐに他の勤め先も見つかるだろう、と甘く考えていたことを後悔するのは、割とすぐ後のことである。


 タバコを吸う麻季の姿を盗撮してSNSに投稿したのが店長自身であるということに想像が至らない辺りは、まだまだ若いと言わざるを得ない。


 こうして、旦椋麻季は失業した。

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