09 宇宙とスキンシップ

「ねえねえ。私、生まれ変わりを信じてるんだけど……御船さんは?」


 ——先輩はどこで見てるかわからない。

 ——もしかしたら、1年の授業に紛れ込んでるかもしれない。

 ——だから、学内にいる間は、1秒たりとも隙を見せられない。


 ミナミは朝、そう言った。 

 しかし、こんなをする必要はあるのだろうか?

 ナギはため息の代わりに苦笑いを作った。


「そんなことより、宇宙が終わる時の話をしようぜ、ミナミ」


 今日のミナミはパンクスタイルではなかった。

 ナギの彼女に成りきるために、いつもより女の子らしい服装をしていた。

 青髪ショートの上にはカチューシャ、ピアスやチョーカーを外し、フリルの付いた白いブラウス、黒のロングスカート、カバンもバックパックではなく手提げかばん。 

 パンクは脱したが、ゴスロリになっていた。

 彼女なりに頑張った結果なのだろう。


「まあ。御船さんはタイムパラドクスを信じるのね!」


 ナギは服装をストリートに寄せた。

 古いバンドTシャツでもよかったが、やるなら徹底的にということで、黒キャップ、白のエアマックス、古着のロングパンツ、限定購入したオリジナルTシャツ、イヤリングとそれっぽいもので固めた。

 鏡の前で何度も試行錯誤した。

 これが男に見えるかどうかは、ナギにはわからない。

 しかしナギなりに頑張った結果である。

 

「常に未来を志しても、心がディストピアでは無理もないよ」


 今日初めて出会ったとき、ナギたちはお互いに吹き出した。

 そして「ファッションは難しい」と口を揃えて言った。


「人類の愚かさと科学の発展はつきものね」


 そろそろ、会話がつらくなってきた。

 ナギはスマートフォンの画面を見ずにフリック入力する。


『ねえ先輩見てんのこれ』


 ミナミは自然な作り笑いを浮かべながら、横目で画面を見た。

 彼女も画面を見ずにメッセージを返した。


『わからん続けよう』


『会話が弾んでないけど』


『会話は弾ませるものだろ』


『(利き手ではない手で描いたワンちゃんシリーズのスタンプ)』


『(北風と太陽が「可愛い子には服を着せろ!」と怒るスタンプ)』


『てか生まれ変わり信じてんの』


『なわけ』


『タイムパラドクスは』


『それはありそうじゃね』


『たしかし』


『宇宙が終わる時ってどうなんの?』


『爆発するんじゃない?』


『初めと同じ終わり方とかエモ』


 ナギたちは気を抜かずに演技を続けた。

 もちろん、授業も隣で受けた。

 10分に一回はミナミによるスキンシップが入った。

 つまりひとつの講義で9回——多すぎである。

 ミナミは几帳面にも、スキンシップをワンパターンにならないようにしていた。

 指に触れる、肩に触れる、腰に手を回す、髪に触る、シャーペン同士を重ねる、消しゴムを貸す、ノートに落書きしてくる、メッセージを送ってくる、じっくりと見つめてくる、靴で軽くすねを叩いてくる、などなど……。


 それに対してナギは、「おう」とか「うん」とか言うぐらいしかできなかった。

 本当に恋人同士なら何かしら反応できるのだろうが、演技の中では何も思い浮かばなかった。ミナミのスキンシップを受けるたびに、自分の引き出しのなさに呆れた。

 

 そんな謎の葛藤がありつつも、午後の授業がすべて終わった。


「行きましょ、御船さん。私、満漢全席が食べたいな」


『先輩に呼ばれた。ここからが正念場だぜ』


「地球の裏側まで一緒に行ってやるよ」


『よしきた。待ってろパイセン』


 ナギたちは普段行かない講義室に向かった。

 


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