魔性のコタツ(愚者の正位置)

「もう出たくない……コタツ様最高」


 冷えた体を優しく暖めてくれる、冬の恋人こと、コタツ。足を入れれば最後、出られなくなってしまう魔法にかかってしまう。手芸でもしながら暖を取ろうと思い、生地などを用意しておいたものの、あまりの暖かさに暫くまったりとしていた。


「主、それはなんだ? 随分と幸せそうな顔をしているな」

「お帰り愚者さん、えへへ」


 極楽気分を味わう私に、旅から戻った愚者さんこと、『愚者』の正位置は不思議そうな顔をして私を見ていた。どうやらコタツを初めて見たようで、いろんな角度から見ては首をかしげている。


「愚者さんも足を入れてみて、すごくあったかいから」

「これに足を入れるのか……?」

「うん、ここから足を入れて座ってみて?」


 コタツ布団を捲って誘導する私に、彼は恐る恐る足を入れながら隣に座った。ぎこちない様子にほほえましく思いながらも、机に置いてあった生地を裁断し、縫っていく。


「どう、暖かいでしょう」

「これは……不思議だな。じわじわと優しく暖まっていく……」

「コタツに入りながらアイスを食べたり、みかんを食べたりするともっと楽しめるよ? ちょうど今みかんがあるから、剥いてあげようか」


 名残惜しい気持ちになりながら、一旦コタツから出てみかんを保管してある部屋に行く。腐ったりしないように寒い部屋に置いてあることもあって、先程まで感じていたぬくもりは一気に冷めた。何とか耐えながらも、持ってきていた籠にみかんを入れ、急ぎ足で部屋に戻った。


「寒い寒い! お待たせ!」

「かなり体を冷やしてしまったようだな、すまない……」

「愚者さんが謝る必要はないよ、ほら一緒に食べよう!」


 みかんの皮を剝きながら、今日はどこに行っていたのかを聞くと、山奥にある秘境に行ってきたと彼は話した。その秘境は人々から完全に忘れ去られてしまった土地で、そこでしか存在できない生き物たちが楽しそうに暮らしていたのだという。


「とても美しい世界ではあったが、どことなく寂しそうに見えた」

「でも、愚者さんが来てくれて喜んでいるんじゃない? 自分達の世界を覚えてくれている人がいるって……」

「そうだな、またあの世界に足を運ぼう!」

「ほら、剥けたよ。このみかん、すっごく甘くておいしいんだよね」


 じっとするのが苦手な彼だが、流石はコタツ様。いとも簡単に動きを封じ込めてしまうようだ。楽しそうにみかんを食べながら、ゆっくりした時間を過ごす彼に、私はコタツの凄さをしみじみと感じるのであった。

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