第5話 キョウの勉強

 三日後の隊員起床イベント。万が一その人が僕と同じように記憶を失っていた場合に備え、僕は全体的な情報を整理しておこうと決意する。


 実際、274年という睡眠時間は、かなりの長時間に該当する。

 本来であれば50年単位で起床し、脳内チェックや通常生活を数週間ほど行うはずが、何故かそのタスクは実行されなかったそうだ。

 結果として前例のない274年という長期睡眠が実行され、それが脳に与える影響は不明。

 少なくとも起床第一号の僕は、きれいさっぱり記憶を失っていて、日常生活を送るだけの一般常識や行動記憶程度しか残っていなかった。


 僕らは長い長い宇宙の旅を続けている。


 テラと呼ばれる僕ら大移民船団は、適時近隣の移住可能な惑星に先遣隊を送り、惑星に対する調査を行っている。

 調査や脅威の排除の結果、移民可能な星を本体に連絡するまでが基本的なお仕事となる。

 ただ、歴史が長すぎて、もうどれだけの先遣隊がどれだけの惑星に向かったのかといった情報はコモンデータにも残されていなかった。


 僕らの船「アルゴー号」は六人の隊員と一体のホムンクルスを乗せてこの惑星「コルキス」に降り立った。

 着陸前の事前調査で明らかになったのは、生物の存在。

 テラの移民団が旅をする歴史の中で、生物が存在する星は少なくなかった。

 そして共通するのは、生物の類似性。

 同じ先史文明を祖にしているであろう生態系は宇宙の各所で散見された。


 テラの人たちも、かつてはそんな惑星に生まれ、そしてその星を飛び出したという。

 なぜ飛び出したか。

 もうその星から新しい生命が生まれなかったから。


 生物が生まれる星には、必ず存在するものがあった。

「金色の羊毛」

 それが俗称なのか、比喩的名称なのか、本当に金色の羊毛なのかはわからない。


 知らされている情報は、生物のいる惑星に必ずあるとされている「金色の羊毛」が思い通りの生き物を生み出す機能を持つということだ。

 それを手に入れ、住みやすく共存しやすい生態系の生き物を生み出す。

 竜だの悪魔だの、人間様が住む星に、神話的幻想生物は必要ないのだ。


 そう、この星「コルキス」にはびこる生物は、童話や神話の中でしかお目にかかれない幻想生物の巣窟だった。

 そいつらを駆逐し、さらに「金色の羊毛」がまだ機能しているのか見極めないと、移民船団に連絡すらできない。

 実際、生物が存在する惑星なんてたくさんある。

 数多の先遣隊は、移住可能な状態まで見極め、そこでやっと連絡を入れるのが慣例となっているんだそうだ。

 きっと、安易な調査で、本体の危機に繋がることもあったのかもな。


 よって、僕らは、この星に住まう生物を駆逐し、生態系の上位種に守護されているであろう「金色の羊毛」とやらを手に入れ、人類にとって最適な生き物を創り出し、そこで初めて移民船団の本隊にお伺いを立てる。

 この星はいかがでしょうか? と。


 最終目的はそれでいいんだけど、そこに至るまでがなんとももどかしい。

 僕らの船「アルゴー号」は現在、岩山に偽装して逗留中だ。

 何故か?

 僕らがまだ移動権限を得ていないからだ。


 この船に備わっている設備と装備は、この程度の惑星を塵に変えるくらい朝飯前の技術が詰まっているらしい。

 でも、僕らが最初からそれらの技術をフルに使えたとする。

 僕らの選択肢が健全かつ正確である保証はあるのか?

 もちろん、客観性や正当性、過去の事例などといったフィルターを通せば比較判定は出来るだろうけど、それらを総合的に判断する船のAIが故障しているため、バックアップであり生活補助のホムンクルスのメロンがそれらの判断を代行している。

 ただ、安全装置として、船員の判断を都度判定するのではなく「常に常識的な判断ができる優秀な隊員」からの提案であることを前提とする。

 つまりレベルという有資格制度。

 こいつの判断なら検討してあげてもいいよ。と認めさせることが重要なんだと。


 車の運転をしたことない人と、車に50年間乗り続けてきた人、どっちの車に同乗したいか? メロンは僕にそう聞いて来たがピンとこなかった。

 あいつは人に説明するのが苦手なんだと思う。


 ま、とにかく、

 僕らがこの星の生物を倒す。

 メロン基準の経験値であるポイントをもらう。

 レベルを上げる。

 レベルアップで船の設備が使えるようになる。

 ポイント交換でいろんな装備が使えるようになる。

 さらに生物を倒す。

 ~以上繰り返し。

 最上位種を倒す。

 「金色の羊毛」を手に入れる。

 僕らにとって有益な生物を創りだす。

 移民船団本体に報告する。


 これが基本的な予定となる。

 もちろん、コルキスの土壌や地形、植物の植生、大気や元素構成なども調査する。

 もっともこの辺に関しては、改造したり適応したりといったテラフォーミングの技術があるので問題ない。

 

 我らテラの技術をもってしても謎の技術である「金色の羊毛」と生み出される生物こそが問題なのだ。

 僕らも元々は「金色の羊毛」から生み出された存在で……。

 

 おっとこれはさっきも言ったな。


 僕は起きてくるであろう後輩に向けた情報をそんな風に文章にまとめた。

 本来であれば各種画像、動画、データなど大量のデータは一瞬で脳内記憶領域に銘記できる。

 そのブレインスタンプという手法は本来、設備を統括する船のAIによって施術されるのだが、AIが故障中なので、こんな原始的な、文章を、視覚または聴覚を通じて伝達するという手法を取るしかない。

 願わくば、対象となる相手がまともな人間であることを望む。

 いずれにせよ、これから起きてくる隊員が、こういったをちゃんと覚えていてくれれば済む話なんだけどさ。

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