第5話 脱出困難な洞窟とクッキーの少女

(出来れば、もう噛みたくないけど……)


 スライムは苦いから噛みたくない。口の中がまだ苦々している。

 でも、前足パンチで倒せるとは思えないし、体当たりは走れないから勢いが足りない。

 やっぱり噛むしか効果的な攻撃手段はないと思う。

 でも、最後の抵抗に白い前足でスライムの身体を叩いてみた。


「えい! えい! えい! ……はぐっ、ぺぇっ!」


 けど、すぐに噛み付く攻撃に切り替えた。

 前足パンチに効果があるようには見えなかった。

 噛んで千切って吐き出して、噛んで千切って吐き出してを繰り返す。


「‼︎」


 噛んだ瞬間にスライムの身体が弾け飛んだ。


「うっごぉぉ‼︎ ぺぇっ、ぺぇっ、ぺぇっ、し、死んだの⁉︎」


 ベタベタする粘着質の液体が顔に襲い掛かり、口の中に大量に入り込んだ。

 地面を転げ回り、口の中の大量の苦液を吐き出した。


「はぁ……もしかして、これがスライムの核なんだろうか?」


 地面に爆散した青色の液体が白い煙を上げながら消えていく。

 スライムが居た場所に、二センチ程の青色の玉が一個落ちている。

 これを何に使うのか分からないけど、穴を開けて紐を通せば、ネックレスにはなりそうだ。


「よし、この調子で全滅させてやる!」


 倒せると分かったから、もう安心だ。

 スライムはこっちが攻撃しても、肉の塊に夢中で反撃して来ない。

 口の中も苦味でいっぱいだし、これ以上の精神的ダメージはない。


「はぐっ、ぺぇっ。はぐっ、ぺぇっ」


 肉に群がるスライムを食い千切っては破裂させて倒していく。

 試しにスライムの核を舐めてみたけど、まったく味がしなかった。

 ただの青色の石ころと一緒だ。早く石ころを集めて買い物に行こう。


「あっ! これってズボンだよね!」


 肉の塊の中から破れた茶色のズボンが現れた。

 ズボンと言っても、お尻の部分しか残ってないけど、一つ付いているポケットは無傷だ。

 このポケットが付いた布を財布代わりに、スライムの核を入れていこう。


 フッフフ。魔物にされちゃったけど、生きてるし、お財布は手に入ったし、運が良いぞ。

 それに街に戻れば、人間に戻れる薬もあるかもしれない。まだまだ、これからだ。

 

「よし、出口に向かって出発だ!」


 十四匹いたスライムは全部倒して、青色の石ころに変えてやった。

 これでパンの一個は買える。

 そして、まだ肉の塊が沢山残ったいるから、スライムがやって来ると思う。

 もしも、道に迷った時は苦いスライムで飢えをしのぐ事も可能だ。


「フッフフ。我ながら賢い」


 肉の塊から現れた破れた白いシャツを噛み千切って、部屋の四方向に分かれた通路の一つに置いた。

 同じ失敗をするつもりはない。地図は描けないけど、出口は分かっている。

 通路の一つに引き摺られた血の跡が残っていた。

 きっと、ここが俺が襲われた犯行現場だ。この先に出口が待っている。


 ♢


「それにしても、魔物の嗅覚は凄いな。パンの匂いがするよ」


 破れた白いシャツは途中で捨てた。

 鼻を鳴らして匂いを嗅げば、鞄に入れていたパンの匂いが分かるからだ。

 この匂いを追って行けば、出口に辿り着ける。

 それにパン以外の匂いも複数している。

 間違いない。この匂いは三人の男の匂いだ。


 違う煙草の臭いが二つ、花の匂い、よく分からないけど美味しそうな匂い、ツーンとする香水の嫌な臭い。

 色々な匂いがするけど、どこにでもある匂いだ。これだと、何をやっている人か分からない。

 一番早く人間に戻れる可能性は、さっきの人達を捕まえる事だけど、それは難しいと思う。


「んっ? この匂いは何だろう?」


 三十分以上歩いて、そろそろ出口かなと思っていたら、今までの匂いに新しい匂いが加わった。

 多分、クッキーの匂いだと思う。甘い匂いが胃袋を刺激してくる。


「う~~ん、出口とは別方向だし、ここで人間と出会うのはマズイと思う」


 辿り着いた広い部屋の中には、男三人の臭いとクッキーの匂いがする。

 部屋は三方向に通路があり、一つは俺が今来た道で、もう一つが出口への道だ。

 そして、残る道は一度も通ってない無関係な道だ。


「ここは出口一択ですね」


 クッキーの誘惑を無視して、冷静に出口を目指す事に決めた。

 クッキーを持っているから優しい人間とは限らない。奴らの仲間かもしれない。

 それに奴らとは無関係でも、ここにいる人間なら10級冒険者しか有り得ない。

 スライム洞窟で魔物と遭遇した場合の冒険者の対処方法は一つだ。

 絶対に襲い掛かってくる。


「そういえば、自分では人間の言葉を喋っていると思うけど、動物の言葉みたいになっているのかな? それだと、買い物が難しくなるよ。人間の言葉を喋れていれば助かるんだけど」


 フッと疑問に思ったけど、命懸けの検証をここでするつもりはない。

 風と森の匂いがしてきた。身体が小さくなって、洞窟は広くなってしまったけど、出口は目前だ。

 鉄柵が見えてきた。


「ふぅー、長い冒険も終わりだな」


 本当は始まりだと思うけど、この洞窟よりは外の方が安全だと思う。

 鉄柵の四角い隙間に前足と後ろ足の先っぽを乗せて、梯子のように登っていく。

 でも、左後ろ足が滑ってしまった。


「アグッ! ううっ、失敗、失敗」


 硬い地面に背中から落ちて強打してしまう。

 でも、この程度で諦めたりしない。また隙間を梯子代わりに登っていく。

 そして、地面から一メートル程の位置にある、かんぬきに到着した。

 あとは三つある、かんぬきを横に動かすだけだ。


「……ぐっ、ぬおっ、うおおおおお!」


 縦横五センチ程の隙間に、前足を強引に入れようと頑張ってみた。

 前足の太さは七センチはある。


 ……分かっていた。分かっていた事だけど認めたくなかった。

 鉄柵の隙間に足の先っぽを乗せる事は出来ても、少し太めの足を入れる事は出来なかった。

 それに無理して入れたとしても、事故した瞬間に骨が折れそうだ。


「こうなったら、最終手段だ! んっ~~~~!」


 短い舌を限界まで伸ばして頑張ってみた。

 でも、どんなに頑張っても出来ない事はある。


「はぁ、はぁ、はぁっ……木の棒を探そう! いや、その前に体当たりだ!」


 舌でかんぬきを動かすのを諦めて、鉄柵から飛び降りて地面に降りた。

 木の棒を探そうと思ったけど、まずは体当たりだ。

 気合を入れて走って、身体の右側を打つけてみた。


「アグッ! ……痛い……」


 扉はビクともしなかった。分かっていた結果だった。

 理不尽な状況に対しての心のモヤモヤを発散したかった。

 よし、気持ちを切り替えて、木の棒を探そう。


(スライムを倒しまくれば、扉ぐらい壊せないかな?)


 道を引き返しながら、別の方法も考えてみた。

 肉の塊の部屋から鉄柵までの道に木の棒は落ちていなかった。

 多分、何処にも落ちてないと思う。

 だとしたら、自力で脱出するには扉を壊すしかないと思う。

 それにはスライムを倒しまくって、強くなるしかない。


「うーん、十四匹だけじゃ実感は全然ないけど」


 あまりにも時間がかかり過ぎるのは嫌だ。

 一年後に扉を破壊して出られました、は絶対に嫌だ。

 人が扉を開ける瞬間を待つとか、手っ取り早いのが良い。


「同じ10級なら、何とかなるかもしれない。ちょっと脅して追いかければ、扉を開けてくれるぞ」


 スライムも木の棒も最終手段にしよう。

 今日中に洞窟から出るには、クッキーの人間を頼るしかない。

 鉄柵の近くで待機してもいいけど、超強そうな冒険者なら、最終手段に変更しないといけない。

 まずは弱そうか確認しないといけないぞ。

 

「きゃああああ‼︎」

「ひぃ‼︎」


 クッキーの匂いを追っていると、女の子の悲鳴が聞こえてきた。

 悲鳴の種類は嬉しい悲鳴や肩に毛虫が付いていた感じの悲鳴じゃなかった。

 夜中に寝ていたら玄関の扉を蹴り破って、斧を持った見知らぬ大男が押し入ってきた感じだ。

 こっちもピンチなのに、あっちもピンチみたいだ。


(悲鳴の理由は分からないけど行くしかない!)


 足をもつれさせながらも急いで走ってみた。

 意外と左右の前足と後ろ足を同時に出すよりは、デタラメな感じで走った方が断然速い。

 これで沢山のスライムに女の子が襲われているなら、颯爽と助ける事が出来る。

 残る問題はスライムが何匹いるかだ。五匹ぐらいまでなら余裕かな?


「きゃああああ! 誰か! 誰か助けて!」


 女の子の悲鳴が大きくなってきた。近くにいるのは間違いない。

 それに仲間は誰もいないようだ。

 悲鳴は一人分だけだし、匂いはクッキーと石鹸の匂いしかしない。

 これで女の子じゃなくて、おじさんやおばさんだった軽いショックだ。


「あっちに行って! 来ないで!」


 通路の先の部屋から女の子の声が聞こえてくる。

 誰かと一緒にいるのは間違いない。そして、苦手な相手のようだ。

 部屋に飛び込むのは危ないと思うけど、急いで状況を確認しないといけない。

 なので、部屋の前で停止して、ちょっとだけ中を覗いてみた。


「グゥルルルル!」


(ハッ! あいつが居たのを忘れていた!)


 部屋の中には体長二メートル超えの茶色と黒の縞模様の巨大猫がいた。

 その化け猫が、部屋の隅で盾を構えて震えている、薄紫色の髪の少女を狙っている。


 ♢

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