第5話 邪視と傷口


悪意を持つ視線や言葉は

なぜいつまでも刺さったまま消せないのだろう

思い出しては痛む


そんな事はないか?




⭐︎⭐︎⭐︎


体力作りと雑魚狩りの為に最近は

夜中にランニングを始めたりした。

出来ることを続けるしかない。


静まり返った住宅地を走っていると

ポケットに突っ込んだスマホから着信音が鳴り響いた。


「もしもし、さっくん」


かけてきたのは町子だった


「どうした?忘れ物か?」

思いがけない時間の着信に口元が緩む


「…わがままいってもいいですか」

「なんなりと」


次の日の夕飯のリクエストかなと思ったら予想外の内容に緊張した


「今から泊まりに来れる?…遅いし無理だよね」


時間は0時を回った所だ。


「今ランニングしてて、どうしよう。一旦家に帰っ…」


俺の言葉を遮る様に

「大丈夫!お風呂用意しておくから…!お願い」

あまりの必死さに、分かったすぐ行く。と返事をしてしまった。


いつも財布に薬を一錠入れているから口元は大丈夫…

と言いながら薬を飲み干す。


流石に汗臭いジャージは…と悩みつつも仕方なく

ドンキで下着と適当な部屋着、土産を買って町子の家へと向かった。


チャイムを鳴らすとドタドタッと音が鳴り響き

ドアが開いた。


このドアを見ると色々思い出してしまう。


「遅い!さっくん遅い!」


ぷんぷんと怒りながら飛びついてきた。

「すぐに行くって言った!!」


何故か涙目で訴えかけてくる。

甘えだね本当。と言いながら町子を抱えて

部屋に上がった


「どうしたの?いきなり」


俺はドンキの黄色い袋からアップルティーと

バニラアイスを取り出して町子の前に並べた。

それをみてひまわりの花みたいに表情が一気に明るくなった。


しかしそれも長くは持たなかった。



「お父さんが家のチャイムならして…怖いから寝たふりして隠れてた」


黒くてまあるい瞳から大粒の涙がポロポロと

落ちる



「どうしていいかわからなくて…夜遅くに電話ごめんなさい」


手のひらで顔を覆い町子は泣き続けている


「夜中でも明け方でも、かけたい時にかけておいで」


そう言いながら頭を撫でた。


暫くすると落ち着いたようで、


「さっくん、お風呂おそくなってごめんね準備する」


そう言いながら慌ただしく浴室に向かった

町子に買ったアイスを冷凍室にしまっていると

珍しくまた着信が鳴った。

 

「もしもし、さっくん?何時頃帰る?今どこよ」


兄さんだった。


「ごめん、今日帰れないわ…兄さん外?」


「お前が遅いから迎え行こうかなと思って駐車場に来た。ハーッ!無駄足!早く言えよゴミ!…何?町子ちゃんの家?

いやぁ、お盛んだねぇ…少年ー…やんなよ?」


からかってくる兄さんに苛立ちながら

「明日帰る!わかってる!ヤらない!連絡しなくて悪かった」

と言いながら通話を一方的に切った


「…わかってるよ」


自分が前にやらかした事は覚えてる

だからキスから先は出来ない。


「さっくん、タオルこれ使って!!」

町子が浴室の前で手招きをしている


「今行く!!」



全身を洗い、さっぱりした後浴槽に肩まで浸かると生き返った気がした。


「懐かしいな…この風呂」


ボディソープも、シャンプーも何もかも全部そのまま

前一緒に過ごしていた時と同じ物。



ゆっくり見渡して思い出に耽った後風呂から上がった。

髪を乾かし町子の側に行くと

町子の様子がおかしかった。


「アイス食べるか?持ってくる?」


目は虚ろ 触れると倒れる 涎…


「憑かれてる、いや憑かれてはないか。

でも何かの影響を受けてる…」


今日は町子は不安定だった、ひどく怯えてたそこに付け込む奴が居たって事か――


長風呂した自分が情けなかった、毎回俺のミスじゃねーか。


竹刀ケースから愛刀をだした。

薬を使ってるからか気配をうまく掴めない

鈍くなっていた


「くそっ」


今は冷静にならねばと邪念を振り払い

必死に探る


その時窓の外から咆哮が聞こえた

全身が痺れたみたいにビリビリと来る

――。


なんだこれ。

感覚的にはひきこ亜種に似ていた。


嫌な気配がする

窓を閉めてとにかくファブリーズを部屋に撒き

テーブルの上にあった鍵を手に取り

家に鍵をかけ声の場所に向かって走り出した


1人にしておくのは心配だけど背負って行くのも危ない

どうしたら良かったんだと走りながら泣き出しそうだった


先程声が聞こえた辺りまで近づき慎重に気配を探っていると前方から禍々しい気配が近づいて来た

認識した瞬間動きが速くなった

必死に民家の塀に飛び乗りギリギリ逃げはしたが

こちらを見上げたやつの白い顔にビクッとした


マネキンのような姿

顔はつるっとしていて中心部分にパックリと縦に避け不気味な大きな眼


手には草刈り鎌を持ちまたもや腹に響くような咆哮を上げ鎌と腕を使い器用に電柱を使い同じ塀に登り鎌を持ってない左腕を植物のツルの様に伸ばし

避け切れるか際どい速さでこちらに伸ばしてきた  

次伸ばしてきたらまず腕を切り落とそうと

深呼吸をして行動をよく見た


しかしケタケタケタと笑いながら一気に間合いに入ってきて顔を掴まれ眼を見てしまった


瞬間町子の怯えた表情、身体に湧く蛆虫

腐り落ちた体が視界に映し出され耳元では

あの部屋の虫の飛び回る音がしつこく聞こえ

その場にしゃがみ込み吐いた

耐えきれず何もかもを戻すと死にたくて苦しくて

頭がクラクラした、多分眼を合わせたら持ってかれる汚染される


吐瀉物に塗れた腕で奴の首を掴もうとしたら

化け物は奇声を上げ距離を空けた


その時思い出した

こいつは《邪視》では無いのか?習ったことがある

妖怪から見てもこいつは多少厄介だ。

でも

邪視ならなんとかできるかもしれないとほんの少し希望が見えた。


擬態薬のせいで速度も本来よりは出ないが

それでもその辺の奴らよりは速い


俺は汚れたTシャツを脱ぎ左手に巻きつけ

今出せる全速力で走り抜き道脇にあったゴミ箱を利用して飛び上がり邪視の

頭を刀で突き刺した

邪視はまたもや咆哮を上げ刀が刺さったままヨタヨタと

こちらに寄ってきた


その瞬間汚れたTシャツを巻きつけた拳で奴の顔面を殴った

吐瀉物が付いてたと気付いた邪視は

泡を吹き逃げ出そうとしたので吐瀉物で汚れた靴で顔面に蹴りを入れた。


「やはり汚い物が嫌いなんだ…」



吹っ飛んだ邪視の頭から刀を抜き首を切り落とし

念入りに眼をつぶした。八つ裂きにし

肉片を食べた。


やはり砂っぽかった。


ポケットから電子音が聞こえ端末をみると


《ジャシ  35P》と書いてあった


煙の様に邪視は消え俺はなんとか町子の家に帰り

再び風呂に直行した。


「なんとか一人で倒し切った…」


念入りに身体や髪を洗い浴室をでた。


邪視の眼のせいで詳細に思い出した事で気落ちした

が自分の顔を叩き気を強く持ち直した。


そして汚れた衣類はドンキの袋に入れた。


「後で捨てよう…」


汗臭いジャージは流石にファブリーズぶっかけても…と悩み仕方無く2枚入りに救われたパンツのみ身につけた情けない姿で寝息を立てる町子を見つめ床に寝転がった。

しばらくすると町子の声が聞こえた


「ん…あれ?、さっくん?」


「さっくんいない!!!」


起き上がり町子はキョロキョロと俺を探し始めた


「町子!こっち!床にいる!」


慌てて町子を呼ぶと町子が抱きついてきた。

やばい、こいつブラジャーしてないわ。

むにゅと何か触れる、なんか色々あたる

目が回りそうになる


「良かった、こわいゆめみた、さっくんいて良かった…」


めっちゃスリスリしてくる

いつもなら可愛い可愛いと抱きしめるが今の俺はパン1で江頭より露出している。

マズイさっきは生命の危機、今回は理性の危機

なんだ今日は


町子を抱き抱えベッドに寝かせた。

「俺は床で寝るからゆっくり休め、大丈夫すぐそばに居るから」と言って後ろを向いたら

町子にパンツを引っ張られた。


「嫌。横で寝て!」


ノーブラなのを確認した後同じベッドはかなりチャレンジャーだ。多分徳が高い坊主も

爆発するのでは?


おれは結局断れず町子に背を向けて同じベッドに潜り込んだ。心臓が口から出そうだった


前にあんなことをして以来俺は一度も致してないし

今回はキスより先はしないと決意したばかりだ。

しかしうまくいかない。


町子は背中にぺったりと密着して来た

「ごめんなさい。いつもさっくん困らせちゃうね…」


俺は町子に甘いし、弱い。

素数を数え町子の方を向く。


「町子、俺は今こんな間抜けな姿だから恥ずかしくてな…ただそれだけなんだ、町子が嫌とか困ってるとかでは無くて…そうだ、なんかTシャツ貸してくれ!」


俺はなぜ速く気付かなかったんだ!と提案をしたが

町子はなぜか自分が脱ぎ始めた。


「!!?!!!?」


形が良い胸が丸出しだ……たゆんっと揺れている

いやもう意味がわからない。


「なんで町子が脱ぐんだ?な?お前は服を着なさい簡単に肌を出すもんじゃ無い!頼む」


慌てて毛布で町子を隠す


「さっくん、私今日沢山辛い事も嫌な事も沢山思いだした……私なんかいらないかもだけど嫌な事や辛い事しか知らないよりも、全部さっくんの物になりたい…と思った。…」


町子は毛布の中で泣いていた。


「思い出すのはさっくんがいいよ…」


女を泣かせるだけでも最低なのに

こんな事を言わせる俺は兄さんの言う様にゴミだ


毛布をどけて泣きじゃくる町子を抱きしめた


「町子を大切にしたいから手は出したらダメだと思ってた」

 

「町子は本当に俺としたいの?大切な事だからさ、怖いならまたもっと…」


言葉を遮る様に町子に口を口で塞がれた。


「ごめんなさい…」


その瞬間俺の決意は崩れ去った。


明け方まで求めあって、以前とは違ってそれは

理想の形で、

お互いの隙間を無くすみたいに

求めて、

ただ好きだと何度も伝えた


最初から俺は素直で居て

ただ最初から大切にしたら良かった

俺はバカで。


もう何もいらないと思えた。

本当に他は何もいらない



気持ちを伝えるつもりがなかったのに

言ってしまって、

今度は距離を保つはずが

以前よりお互いの距離が近くて

絶対に手を出さないと決めたのにやってしまって


正体はまだ隠してる、言えないのに、

抱いてしまって。


余計正体を言えなくなった

身体を捧げた相手がバケモノだなんて知ったら

傷付く


全部すっ飛ばして俺は何やってんだ


弱い自分を呪い気づかれないように

少し泣いた。




□□□□




翌日、テストがある町子を学校に送り届け

兄の待つ家に戻ると

物音が何もなかった、


電気も付いていなくてスイッチに手をかけた瞬間

何かに襲われた


一瞬でマウントポジションを奪われた、


「よぉ、結局さっくんやっちゃったんだね。

童貞卒業おめでとさん…」


「あっ、2回目か前やった挙句殺しちゃったもんなー!お前のせいで腐り落ちてたもんな!」



兄さんは眼を見開き、俺の顔ぎりぎりまで顔を近づけて来た。


「お前は蛆虫拾ってんのがお似合いだよ」


そのままただ髪を掴まれ床に頭を叩きつけられた


「やるなっつったよなぁ?何やってんだよ。

どうせ責任も取れねぇのに馬鹿みたいに

腰振って中に出したんだろ?言えよ」


そのまま兄さんは片方だけ俺と同じ紅色の目をゆらゆらと光らせ首を思い切り締め上げて来た


「お前さ、俺のガキ死んだの知っててそんな」


苦しくてどけようともがくが力が入らない


「アホな事やったんだよな?わからせてやる」


それからはもうよくわからない

ただ抵抗できないまま一方的に暴力を受けた


「お前はまだ、一人前じゃなくて、

生活だって俺頼みで…テメェでテメェの尻も拭けねぇクソガキなんだよ」


そうだ、俺は――

何も責任も取れないクソガキで


ただ流されて


「ヤラねぇって電話で言ってたよなぁ?朔夜ァァ」


「お前にとっての覚悟なんてな、そんな半紙より薄っぺらい

何の意味もないもんなんだよな!」


思い切り蹴り上げられ、なんとか起き上がり

口に溜まった血を吐き捨てた


「俺だって、我慢するつもりだった。

だけど――」


最後まで言い切らないうちに俺は格ゲーみたいに宙を舞った


「それ以上喋んなIrresponsibleman」


「まだテメェで生活も出来ねぇくせにクソガキが

どうせ甘い言葉囁いて」


兄は容赦なく俺の顔面をふみつけた


「自分に酔ってやりやがったんだよな?

好きならヤリたくても耐えろよゴミ野郎」


「そんなんでテッペンとれんのか?あ?」


「自分の正体も言えねぇくせに生でやんじゃねーよクソが、マスク外した途端犬みたいに盛りやがって薬なんてやらなきゃ良かったな去勢するか?」


「お前を信じた俺が馬鹿だったわ。ガキできたらどうすんの?なぁ、俺たちは妖怪なんだよ化け物なんだよ…何が産まれるかわかるか?何も言わずずるい事してんじゃねぇよ」


全部が刺さった

正論だ


「しばらく反省しろや」


兄は俺を浴室に投げシャワーを浴びせた。


町子を守りたいのも

幸せにしたいのも

何もかも心から思ったことで


正体を言えないのは怖がらせるからじゃなくて

嫌われたくないからで


ただ自分が惨めで情なくて苦しかった





□□□□


浴室のドアの前

秋夜は満足そうに笑っていた


いやぁ…少年には

正論でボコすのが一番だよねぇ。


町子ちゃん、やっぱもう少し怖がらせるべきだったよな…安っぽい愛で乗り越えちゃった

複数人で回すくらいしないとわかんないもんなんかね


りっちゃんに似てるからやりにくいんだよねー、

あの子。泣かれたら怯んじゃう


女壊すってむずいなー…



そんなことをブツブツと言いながら笑いを堪えて

手に付着した血を舐めとる


「さっくんは立ち直れるかねぇ…弱すぎやん」



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