第6話 新天地!

 その後も万里香の丁寧な説明を聞きながら、昭和のおばちゃんたち(故人)は、インターネットという未知の領域を知ったわけだが、その何たるかについては、今ひとつ理解していないことが会話の端々から伝わってくる。


「そやけど、何やね。これだけ電子とやらが生活に密接しとうのやったら、あたしらもならインターネットいうことやろか?」

 藤本さんは小首を傾げながら呟いた。


「せやなあ。今時、柳の下とか、もうアカンっちゅーことなんかな?」

 竹下さんが頷きながら、相槌ではなく追い打ちをかける。


 とりあえず、インターネットは、一、速いらしい。二、電気がいるらしい。三、国際的であるらしい——という知識は得た様子だ。


 昭和以前のステレオタイプ「幽霊といえば柳の下」よりも「今時幽霊はインターネットから出た方が、よっぽど目立つ!」ということも理解した——はずだ。 


「あ、でも電源切られたらどうするん?」

 藤本さんはデジタルならではの疑問をぶつける。


「切られても出るくらいの根性なくてどうすんの」

「あ、そか、そやね」

 竹下さんは電源オフも停電も根性で何とかなると考えている。そして藤本さんも、あっさりと納得してしまった。


「何で、納得してんのよぉぉぉぉ~…… !? 」

 すかさず奥田さんが目を剥いてツッコミを入れるという、いつの間にか成立した漫才トリオはかしましい。

 少し離れたところでは、万里香が菩薩のような笑みを浮かべながら、一歩また一歩と後退っていく。


「……」


 徐々に離れるようにして遠巻きにしていた万里香たち若い世代だったが、ふと思い立ったようにアユミが家に帰ると言い出した。つまり、インターネット上の墓に戻るらしい。


「大丈夫ですか?」

 万里香が心配そうにアユミに声をかける。


 この時代、まだまだインターネット普及率は伸び代の方が大きく、せいぜいご家庭に一台あるかないかという程度だ。多くは大企業や学校法人などがシェアの殆どを占めていた。回線だって脆弱である。


「ん。アユの学校ぉ〜、コンピューター室あるしぃ。万里香のお墓参り見てぇ、久々に帰ってもいいかな〜ってカンジぃ〜?」


 自己主張までもが疑問系になる世紀末女子アユミであるが、分かりやすく掻い摘むと俄かにホームシックにかかったということだろう。

 時代の最先端をひた走っている、なかなかキッチェなアユミであるが、墓がネット上にあるのは本人の希望によるところでない。


「そうですか……お気をつけて」

 同世代にも礼儀正しい万里香だ。因みにご両親とも高校教師である。


「アユのお墓ねぇ〜、CGで出来てんのぉ。お線香上げられるしぃ、BGMもちゃんとあんの〜。チョーウケるしぃ〜」


 マウスクリックでCGコンピューターグラフィックス墓の掃除、お供物、線香を上げられ、BGMをオンにすると般若心経が流れる作りになっているそうだ。

 気軽にお参りできるのは良いことかもしれないが、果たして、それで本当に良いのか……と誰もが心の内に思いを秘めた。


「じゃあ、せっかくなのでお線香上げに行きますね」

 万里香の言葉に、小さく笑みを浮かべたアユミの後方で、イコ爺が眉間を押さえながら涙を堪えている姿があった。


「ネットっちゅーのも良し悪しやね」

「そやね……」

 竹下さんと藤本さんが複雑そうな表情で、アユミの抱える仄暗い背景をおもんばかった。そんな中である。


「あたしも行くわよぉぉぉ〜〜っ!」


 完全に場の空気をぶち壊した奥田さんの雄叫びが響き渡り、手を振って離脱を計ろうとしていたアユミの背後にホラー映画さながら、目を血走らせてひしっと張り付いた。

「ひぃ……っ!」


 さすがに今回は「チョーカワイ〜」とは言えなかったアユミが、何とか奥田さんを振り解こうとするのだが、接着剤でも付けたのかと思うほど、奥田さんは離れない。

 相方二人から「すっぽんか!」とつっこまれつつ、引っ張られつつ、しかし離れない奥田さんは、そのままアユミにくっついて背後霊のように去っていった。


「何なんスか、あの執念……」

 池っちが呆然と見送りながら呟いた。


 無言の純ちゃんは振り返ると既に冷凍パイナップルになっていた。その様を万里香は言葉もなく凝視して驚いている。


「ああ〜。奥田さんな、なっがいこと、ご家族に顧みられてないもんやから、寂しいんやろなあ」

「生前、色々あったらしいんよ。今際いまわきわも孤独やったみたいやし、許したってな」


 何があったのか、もはや聞いてはいけない気がした池っちは、ゴクリと固唾を飲んで押し黙った。


「せやけど、アユちゃんは難儀ナンギやな……」

「ほんまやねえ……」


 驚きつつ冷凍パイナップルをそっとつついていた万里香も、黙って二人の飛んでいった方角を眺めるのだった。毒々しいばかりに広がる夕焼けの中をカラスが「カー」と鳴きながらねぐらに帰る姿が見えた。


(回線……大丈夫かな)

 万里香の心配ももっともな話で、この頃のインターネットはADSL(非対称デジタル加入者線)と呼ばれるアナログ電話回線を使用しているのである。

 当時は時代の最先端高速通信技術だったが、平たく掻い摘むと、今と比べて超重くて超遅い。

 

 数日後……

 

 関西広域とある山奥は相変わらず夏真っ盛りであったし、藤本さんは相変わらずおんも竹箒たけぼうきで掃いていたし、竹下さんは相変わらず新規情報を仕入れてはご近所さんを突撃訪問していたし、イコ爺さんは相変わらずイコ爺全開だし、第四区の不良改め新世紀ちんどん屋は相変わらずお気楽カラフルだったし、奥田さんの墓前は相変わらず草ぼうぼうだった。


「奥田さん、どうしたやろね?」

 いつものように竹下さんが遊びに来ていて、表を掃いてた藤本さんと立ち話を始めたタイミングで、里帰りを終えたアユミが友人たちと連れ立ってやってきた。


「アユちゃん、アユちゃん! ちょっと、ちょっと!」

 すかさずぶんぶん片手を振って呼び止めた竹下さんが、その後の顛末を尋ね倒す間に、藤本さんはいつものとおりキンキンに冷えた麦茶を振る舞う。


 アユミによると、母校のコンピューター室に行き着いたあと、ネット回線は俄かに接続不良を起こしたという。

 止めるアユミを振り切って、「ここまで来たのよぉぉぉぉぉっ……!」と叫んだ奥田さんはパソコン画面に手を伸ばし、無理矢理画面に押し入ると、そのままぬるりと向こう側へ消えていったそうだ。


「さすがやな、奥田さん……」

「執念の賜物やね……で、どうなったん?」


 池っちも純ちゃんも山姥ヤマンバちゃんも言葉もなく凍り始めたが、竹下さんと藤本さんはアユミの続きをせっせと促す。


「何かねぇ〜? 回線逆流してぇ〜、セキュリティーに引っ掛かってぇ〜、そのままぁ? なんかぁ、どっかに隔離されたっぽいカンジぃ〜?」


 詳しくはアユミにも分からないらしい。

 ただ、隔離される直前まで、奥田さんは「放しなさいよぉぉぉぉっ! 出てやるのよぉぉぉぉ……、あの人の前にぃぃぃぃ出てやるまで諦めないわよぉぉぉぉぉっ!」と咆哮を上げていたという。


「こっわ! まじ、こっわ……っ!」

 純ちゃんが蒼白として身震いしながら足元から凍っていく。もはや奥田さんがその場に居なくても凍るくらいトラウマになっているようだ。


 免疫のない若者たちには、そら恐ろしい話だが、年季の入った藤本さんや竹下さんは驚きもそこそこに、妙に納得した面持ちで頷き合っている。


「怨念が、あかんかったんやろか?」

「重量オーバーちゃうん? 運動不足のせいやろ、知らんけど」


「え。同列なんスか、それ」

「まじウケんだけどw」


 関西広域のとある山奥に噂話の楽しい花が咲く時節、ネット上に隔離された奥田さんのその後を心配する人は、誰一人としていなかった。

 元が幽霊なのだから、隔離されたところで死ぬことはない。アナログ幽霊のデジタル化——差し当たって、e-ghost(電脳幽霊)とでも表現すれば、新時代の風が吹くというものだ。


 藤本さん宅が賑やかに盛り上がる同じ第二区内で、ひっそりと荒れに荒れ放題の奥田さん宅は、不気味な沈黙に包まれている。

 不気味を差し引けば、平和であるとも言えるのだが、ここにはそこまではいう人はいないのだ。


「ま。そのうち帰って来よんちゃう? アユちゃんやって行ったり来たり出来んねんし?」


「そやね」


 夏休みの部活動の如し蝉のコーラスが響き渡る青空に、どうしたわけか奥田さんの怨念が渦巻いている気がするのだが、きっと気のせいだろう。


 兎にも角にも奥田さんは今、世間一般で言うところのコンピューターウィルス(初期型)となって、ネット上のどこかにいるはずだ。

 今お使いの端末の調子が突如おかしくなったとしたら、それはきっと……いいや、ここから先は言わないでおくことにしよう。



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